「人(霊止)還りの道」196編


神霊界の状態は肉体人の住居せる世界と万事相似たり
平野・山岳・丘陵や岩石・渓谷・水に火に草木の片葉に至るまで外形上より見る時は何らの変はりしところなし
されども是らの諸々は起源を一切霊界に採りたる故に天人や精霊のみの眼に入りて肉体人の見るを得ず

形体的の存在は自然的起源を保育する現界人のみ之を見る顕幽区別は明らかに神の立てたる法則(ミノリ)なり

現世の人々は霊界事象を見るを得ず
精霊界に入りしとき神の許しを蒙りて詳しく見聞するものぞ

これに反して天人や精霊界に入りし者はまた現界や自然界事物を見ること不能なり
鎮魂帰神の妙法によりて人間の体を籍り憑依せし時やうやくに現界の一部を見聞し人に対して物語り為し遂げらるるものぞかし

如何となれば肉体人の目は形体界の光明を受くるに適し天人や精霊の眼は天界の光明を受くるに適すべく造り為されしためぞかし
しかも両者の眼目より外面全く相似たり
霊界の性相この如く造られたるを自然界の人の会得し能はざるはこれまたやむを得ざるべし

外感上の人々はその肉眼に見るところ手足に触覚・視覚等に取り入れ得らるるその外は容易に信じ得ざるなり

現界人はこのごとき事物に偏よりて霊的ならず霊界と現実界とのその間に如上のごとき相似あれば人は死したる後の身もかつて生まれし故郷や離れ来たりし世の中になほも住居するものなりと誰人とても思ふべし
このゆゑ人は死を呼びてこれより彼世の霊界の相似の国へ往くといふ

現実界を後にして精霊界に移る時その状態を死と称す

死に行くものは一切の身魂に属せし悉を霊界さして持ちて行く物質的の形骸は腐朽し去れば残すなり
死後の生涯に入れるとき現実界にありし如同じ形の身体を保ちて何らの相違なく打ち見るところ塵身と霊身に何らの区別なし
されどその実身体はすでに霊的活動し物質的の事物より分離し純化し清らけく霊的事物の相接し相見る状態は現界の相触れ相見る如くなり

精霊界に入りし後も凡ての人は現界に保ちし時の肉体にあるもののごと思ひ詰め吾が身のかつて死去したるその消息を忘るなり
精霊界に入りし後も人は依然と現界にありて感受せる肉的や外的感覚保有して見ること聞くこと言ふことも嗅ぐこと味はひ触るること残らず現世の如くなり
精霊界に身をおくも各位寿富の願ひあり思索し省み感動し愛し意識し学術を好みしものは読書もし著述を励む身魂あり

換言すれば死といふは此より彼に移るのみ
その身に保てる一切の事物を到る先々へ持ち行き活躍すればなり
故に死するといふことは物質的の形体の死滅をいふに過ぎずして自己本来の生命を決して失ふものならず

再び神の意志に由り現世に生まれ来る時は以前の記憶の一切は忘却さるるものなれど
こは刑罰の一種にて如何ともする術はなし

一度霊界へ復活しまたもや娑婆に生まるるは神霊界より見る時はすべて不幸の身魂なり

人は現世に在る間に五倫五常の道を踏み神を救ひ世を救ひ神の御子たる天職をつくしおかねば死して後に中有界に踏み迷ひあるひは根底の地獄道種々雑多の苦しみを受くるものぞと覚悟して真の神を信仰し善を行ひ美を尽し人の人たる本分を力のかぎり努めつつ永遠無窮の天国へ楽しく上り進み行く用意を怠ることなかれ

顕幽一致
生死不二

軽生重死も道ならず重生軽死また悪し刹那々々に身魂を研き清めて神界と現実界の万物の大経綸の神業に尽くせよつくせよ惟神

神のまにまに述べておく

・・・「人(霊止)還りの道」197編へつづく


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