「人(霊止)還りの道」182編


婆羅門(バラモン)の教

日の出神と偽称したる大国彦の子なる大国別自らが大自在天と称して難行苦行をもつて神の心に叶ふものとなすに始まりその教は霊主体従の本義を誤解し肉体を軽視して霊魂を尊重することを最も甚だしき教です

婆羅門の教を信ずる者は茨の群に真裸となりて飛び込みあるひは火を渡り水中を潜り寒中に真裸となり崎嶇たる山路を跣足のまま往来したりそして修行の初門としては足駄の表に釘を一面に打ちこれを足にかけて歩ましみます
それ故にこの教を信ずる者は身体一面に血爛れ目も当てられぬ血達磨の如くなりその修行の苦楽を誇る教です

八頭八尾および金毛九尾などの邪鬼の霊は人の血を視ることを好みます

婆羅門の教とは霊主体従の美名の下にかくのごとき暴虐なる行為を人々の身魂に憑かりて慣用するをもつて唯一の手段となしゐるが故にこの教に魅せられたる信徒は生を軽んじ死を重んじ無限絶対なる無始無終の歓楽を受くる天国に救はれむことを唯一の楽しみとなします

いかに霊を重んじ体を軽んずればとて霊肉一致の天則を忘れ真神大神の生宮たる肉体を塵埃のごとく鴻毛のごとく軽蔑するは生成化育の大道に違反すること最も甚だしきものなればこの婆羅門の教にして天下に拡充せられむか地上の生物は残らず邪神のために滅亡するの已むを得ざるに至ります

婆羅門の教には上中下の三段の身魂の区別を厳格に立てられてます
大自在天の大祖先たる大国彦の頭より生れたるといふ者は代々いかなる愚昧なる者といへども庶民の上位に立ち治者の地位に就きます
大国彦の腹より生れたるといふ者は代々上下生民の中心に立ち準治者の位地を受得して少しの労苦もなさずです
大国彦の足より生れたるといふ大多数の人民は代々膏血を絞り安逸に生活をなさむとします
これが婆羅門の教の上中下の三段の教理です

婆羅門の教の大国彦の足より生れたるといふ大多数の人民は代々種々の難行苦行を強ひられ体は窶れあるひは亡び怨声ひそかに漲り大多数の人民は婆羅門の教の天国浄土に住みながら地獄のごとき生活をつづくるの已むを得ざる次第です

真神の賜ひし玉串を
そつと取り出し左右左と
魔神に向かつて打ち振れば
黒雲起こし風に乗り
雨に紛れて逃げて行く

真神の恵を嬉しみて
善言美詞の神嘉言
唱ふる折しも大空に
微妙の音楽鳴り渡り
芳香四辺を包むよと
思ふ間もなく現はれし
妙音菩薩の後姿
天地に響く言霊の
その勲功ぞ尊けれ
その勲功ぞ畏けれ

・・・「人(霊止)還りの道」183編へつづく


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