「人(霊止)還りの道」600編


平和と智慧と証覚と幸福とを容るるものは高天原の器である
これを称して神宮壺といふ

神宮壺とは愛であつて大小となく大神と相和するところのものを容るる器である

現界において智慧証覚の劣りし者または愛善の徳薄く信真の光暗かりし者が高天原の天人または地上の天人やエンゼルと相伍してつひに聖き信仰に入り愛善の徳を養ひ信真の光を現はしつひに智慧証覚を得て高天原の景福を得るに至らしむべくここに大神は聖霊にその神格を充して予言者に来たらしめ地上の高天原すなはちエルサレムの宮屋敷において高天原の福音を宣べ伝へさせ給ふのは実に至仁至愛の大御心に出でさせ給ふからである

善のために善を愛し真のために真を愛しこれを一生涯深く心に植ゑつけ実践躬行したるによりつひに罪悪に充ちたる人間(ジンカン)も高天原に救はれてその不可説なる微妙の想をことごとく摂受し得べき聖場を開かせたまふを神界にては地の高天原と称へられてゐるのである

・・・「人(霊止)還りの道」601編へつづく


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