「人(霊止)還りの道」599編


一度に開く梅の花
須弥仙山に腰をかける

いづれも大神に向かはしむるといふ意義である

いかなる無風流な人間でも梅の花の咲きみち馥郁たる香氣を放つを見れば喜んでこれに接吻せむとするは人間に特有の情である
また須弥仙山とは宇宙唯一の至誠至美にして崇高雄大なる山の意味であり何人といへども雲表に屹立せる富士の姿を見る時はその雄姿にうたれ壮厳に憧がれこれを仰がないものはいないものである

ゆゑに大神はあらゆる人間および精霊をしてその雄大崇高なる姿を仰がしめもつて神格の向上せしめ大神の善に向はしめむがためである

しかし大神に向かひあるひは須弥仙山を仰ぐといふは現界における富士山そのものを望む時のごとく身体の動作によつて向背をなすものでない
何となれば空間の位地はその人間の内分の情動いかんによつて定まるがゆゑに方位のごときも現界とは相違してゐるのは勿論である
人間の内底の現はれなる面貌の如何によつてその方位が定まるのである

霊界にては吾が面の向かふところすなはち太陽の現はるるところである
現界にては太陽は東に昇りつつある時といへども西を向けばその太陽は背に負うてゐるが霊界にては総て想念の世界なるがゆゑに身体の動作いかんに関せず大神に向かつて内底の開けた者はいつも太陽に向かつてゐるのである

しかしながらかくのごとき天人の境遇にある人格者は霊界に在つて自分より大神すなはち太陽と現じたまふ光熱に向かふにあらず大神より来たるところの一切の事物を喜んで実践躬行するがゆゑに大神より自ら向かはしめ給ふこととなるのである

・・・「人(霊止)還りの道」600編へつづく


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