「人(霊止)還りの道」579編


高天原の天人および霊界の精霊は何ゆゑに人間と和合すること密接にして人間に所属せる一切のものを彼ら自身のもののごとく思ふ理由は人間なるものは霊界と現界との和合機関にしてすこぶる密着の間にをりほとんど両者を一つのものと看做し得べきがゆゑである

されど現代の人間は物慾のために自然に高天原よりその内分を閉し大神のまします高天原と遠く離るるに至つたがゆゑに大神はここに一つの経綸を行はせたまひ高天原の天人と霊界の精霊とをして各個の人間と共にをらしめたまひ高天原の天人すなはち本守護神および霊界の精霊すなはち正守護神を経て人間を統御する方法を執らせたまふこととなつたのである

精霊の中にも最も兇悪なる人間の体内にをる兇霊の精霊はその人間の記憶と想念を基としていろいろと支離滅裂な予言をしたり筆先を書いたりしながらその不合理にして虚偽に充てることを自覚せずすべてを善と信じ真理と固く信じてゐるものであり自分が悪神だといつたりあるひは悪を企まうなどといつてゐながらも決して真の悪ではない実は自分がある自己以外の何物かと揶揄つてゐるやうな氣でゐる場合がある

少しばかり悪の行り方ではあるまいか
イヤイヤ決して自分の思ふことと行ふところは微塵み悪がない
ただ訳のわからぬ人間の目から神格に充されたる吾々の言行を観察するのだから悪に見えるだらう
真の神は必ず自分が神のため道のために千騎一騎の活動をしてゐることをキツお褒め遊ばすだらう
神に叶へるものとして神柱とお使ひ遊ばしてゐられるのであらう
訳のわからぬ現界の人間がたとへ悪魔といはうともそんなことは構つてゐられない
吾がなす業は神のみぞ知り給ふ

といふやうな冷静な態度をかまへ

いかなる真の教示も真理も自己以外に説くものはない
行ふ真の人間もないのだから至善至愛の標本を天下に示し千座の置戸を負うて万民の罪悪を救うてやらねばならぬ
自分は神の遣はしたまふ犠牲者・救世主だ

と信じてゐるのだから始末にをへぬのである

世の中の雨後の筍のごとくムクムクと族生する自称予言者・自称救世主などもすべてはこの類したものなることはいふまでもないことである

・・・「人(霊止)還りの道」580編へつづく


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