「人(霊止)還りの道」549編


大神は時によつて一個の天人または天国にて現じ玉ひ現界すなはち地の高天原にては一個の神人と現じたまふ

されど内分の塞がつた人間(ジンカン)は神人に直接面接しかつその教を聴きながらこれを普通の凡夫とみなしあるひは自分に相当の人格者または少しく秀れたる者となしあるひは自分より劣りし者となしてこれを遇するものである
かくのごとき人間(ジンカン)は中有界(精霊界)の八衢どころかすでに根底の国(地獄界)の大門に向かつて爪先を向けてゐるものである

真の智慧と証覚とを欠いた者はすべて根底の国(地獄界)に没入するより道はない
故にかかる人間(ジンカン)は高天原の天人または地の高天原の神人の目より見る時はなにほど形態は立派に飾り立てなにほど人品骨格はよく見えてもほとんどその内分は人(霊止)の相好が備はつてゐないのである

彼らは罪悪と虚偽とにをるをもつて従つて大神の智慧と証覚に反いてゐる
あたかも妖怪のごとく餓鬼のごとくその醜状は目も当てられぬばかりである

かくのごとき人間(ジンカン)を称して神界にては生命といはずこれを霊的死者と称ふるのである
または娑婆亡者あるひは我利我利亡者ともいふ

・・・「人(霊止)還りの道」550編へつづく


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