「人(霊止)還りの道」544編


高天原の全般を総称して大神人(ダイシンジン)と神界にては称へらるる理由は高天原の形式は凡て一個人として統御さるるからである

ゆゑに地の高天原は一個の大神人でありその高天原を代表して愛善の徳と信真の光を照らし暗に迷へる人間(ジンカン)に智慧と証覚を与へむとする霊界の担当者はすなはち大神人である

これは現幽相応の理より見れば決して架空の言でもない
また一般の信仰心はいはゆる一個の大神人の体に有する心臓・肺臓・頭部・腰部その他四肢の末端に至るまでの各個体である

高天原を大神はかくのごとく一個人としてすなはち単元としてこれを統御したまふのである
ゆゑに人(霊止)は宇宙の縮図といひ小天地といひ天地経綸の司宰者といふ

人間の身体はその全分にあつてもその個体にあつても千態万様の事物より組織されたるは人のよく知るところである
すなはち全分より見れば肢節あり氣管あり臓腑あり個体の上より観れば繊維あり神経あり血管ありかくて肢体のうちに肢体あり部分のうちに部分あれども一個人として活動する時は単元として活動するものである

ゆゑに個体たる信仰心は一個の単元体なる大神人の心をもつて心となし地上に高天原を建設し根底の国(地獄界)の片影をも留めざらしむるやう努力すべきものである
大神が高天原を統御したまふもまたこれと同様である

地の高天原たる真の聖地には大神の神格にみたされたる精霊(聖霊)が予言者に来つて大神の神格による愛善の徳を示し信真の光を照らし智慧証覚を与へて地上の蒼生をして人(霊止)を地的天人たらしめかつまた地上一切をして高天原にならしめ霊界に入りてはすべての人(霊止)を高天原の歓喜と悦楽に永住せしめむがために努力せしめたまふのである

大神の神格にみたされたる精霊(聖霊)が予言者のその単元なる神人を一個人の全般と見做し各神司ならびにその信徒は個体となつて上下和合し賢愚一致してこの大神業に参加すべき使命を有つてゐるのである

・・・「人(霊止)還りの道」545編へつづく


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