「人(霊止)還りの道」543編


高天原の霊国および天国団体の天人が高天原を見て一個の形式となすのはその全般に行きわたつてのことではない
そはいかなる証覚の開けた天人の眼界といへども高天原の全般を測り知ることはできない

されど天人は数百または数千の天人より成れる団体を遠隔の位地より見て人間的形式をなせる一団と感ずることがあるくらゐなものである
故に中有界(精霊界)に迷へる八衢人間の精霊の分際としてはたうてい天人の善徳や信真や証覚におよばないことは無論である

かくのごとき如何なる天人といへども高天原の全体を見きはめ大神の経綸を熟知しかつ高天原の他の諸団体を詳しく見聞し能はざるくらゐのものである
故に現界(自然界/物質界)の我利我慾にひたり自愛と世間愛のみをもつて最善の道徳律となし善人面をさげやうやく神の方向を認めたるくらゐの八衢人間がたうてい大神の意思の測知し得らるべき道理はないのである

・・・「人(霊止)還りの道」544編へつづく


関連記事一覧


無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

スポンサーリンク

Amazon

楽天市場

Y!ショッピング

Y!トラベル

ブログポリシー

鈴木慧星の名称およびブログの全部または一部をリンク・複製・引用・転用・転載・改変・アップロード・掲示・送信・頒布・販売・出版等を一切禁止します

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用規約ならびにソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します