「人(霊止)還りの道」521編


善悪不二・正邪一如といふごときは自然界の法則を基礎としては到底その真相は分るものでない
ただ大神の大慈大悲の御目より見給ひて仰せられる言葉であつて大神は善悪正邪の区別によつてその大愛(神愛)に厚き薄きの区別なき意味を善悪不二・正邪一如と仰せらるるのある

しかしながら自然界の事物についてもまた善悪混淆し美醜たがひに交はつて一切の万物が成育し一切の順序が成り立つのである
ゆゑに人(霊止)は霊主体従といつて自然界に身をおくともすべて何事も大神を先にし愛の善と信の智を主として世に立たねばならないのである

しかるに霊的事物の何たるを見ることの出来ないやうになつた現代人はどうしても不可見の霊界を徹底的に信じ得ずやや霊的観念を有するものといへども要するに暗中模索の域を脱することが出来ない
それゆゑに人間(ジンカン)はどうしても体を重んじ霊を軽んじ物質的慾念にかられやすく根底の国(地獄界)に落ちやすきものである

かかる現界の不備欠点を補はむがために大神は自ら地に降りその御神格によつて精霊を充たし予言者に向かつて地上の蒼生に高天原の福音を宣り伝へたまふにいたるのである

・・・「人(霊止)還りの道」522編へつづく


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