「人(霊止)還りの道」504編


精霊は死後において漸次にその面貌および音声の変化を来たすといへども偽善者の精霊の面貌は他よりも遅れて変化するものである
それは偽善者の内分すなはち心とは常に善き情動を模することに慣れてゐるからである
ゆゑにこれらの精霊は久しく本来の醜悪を暴露せないものである

されどその虚偽の鍍金は次第に逐うて取り除かれまた自ら剥げるがゆゑにその所成の内分はその情動本来の形態に従つて変容せなくては止まないのである
かくなつた時には偽善者はその本値を暴露され醜陋をきはめ実に悲惨なものである

また偽善者は現界にあつても神のごとく天人のごとく智者真人を装ひ霊界のことを極めて詳細に言説するやうであれどもその内分にはただただ自然界のみ是認して実際に神格を認めず従つて高天原(天国/天界)の情態やあるひは神の御教などを否定してゐるものである
ゆゑにこれを霊界にては偽善者として取扱はれるのである

これに反し情動ますます内的にして高天原(天国/天界)に順適することますます大ならばその精霊の面貌は実に美をきはめたものである
なぜならばその面貌は実に高天原の愛そのものをもつて吾が心となし吾が容貌となすがゆゑであるからである

またその情動外的にして真理を覚らず大神を愛せずかつ聖言を信ぜざる者はいはゆる高天原(天国/天界)の情態に反くがゆゑにその精霊の面貌は暗く醜く現界に在りし時よりもますます劣つて陋劣醜悪になるものである

神代になれば
顔容の綺麗な者よりも
心の綺麗な者が
神の目には立派に見えるぞよ

なにほど美しき顔をしてをりても
偉さうにいたしてをりても
神の前に参りたら
たちまち相好が変るぞよ
身魂相応の肉体が授けてあるぞよ

これはすなはち精霊に対する戒めであつて霊界における精霊の情態に対して適確な御教示である
ゆゑに霊界に在る者はその内分の度の如何によつて円満となり善美となり外分に向かふに従つて欠損しゆくものである

故に最奥(最高/第一)天国および霊国の天人の面貌や姿の美しさはいかなる画伯があつてその技術をつくし霊筆を揮ふともその美貌や光明なり活氣凛々たる姿の万分の一をも描き出すことはできない
されども最下層天国の天人の面貌であるならば最も熟練せる有名なる画伯が丹精をこらしその技が神に入り妙に達したとき初めて多少その面貌を描き得てその真相の一部を現はし得るくらゐなものである

・・・「人(霊止)還りの道」505編へつづく


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