「人(霊止)還りの道」501編


中有界(精霊界)とは善霊の集合する高天原(天界)と悪霊の集合する根底の国(地獄界)の中間的境域にしてこれを天の八衢(アメノヤチマタ)といふ
八衢とは仏教者のいふ六道の辻(ロクダウノツジ)のやうなものである

人の死後その精霊は八衢の中心地なる関所に来たるにはいろいろの道を辿るものである
東西南北・乾坤巽艮と各精霊は八方よりこの関所を中間として集まり来たるものである

東から来たる者はたいていは精霊のうちでも良い方の部分でありさうして三途の川が流れてゐる
その先にはどうしてもこの関所を通らなければならないものである

西から来たる者はやや魂の曇つた精霊が出てくるところであつて針を立てたやうないはゆる剣の山を渉つてくる精霊である
ここを渉るのはわづかに足を容るるだけの細い道がまばらに足型だけ残つてをつてちよつと油断すればすぐに足を破り躓いてこけでもしようものなら体一面に針に刺されて苦しむのである

北から来たる者は冷たい氷の橋を渡つて来る
少しく油断すれば幾千丈とも知れぬ深い泥水の流れへ落ち込みそしてその橋の下にはなんともいへぬ厭らしい怪物が鰐のやうな口をあけて落ちくる精霊を呑まむと待つてゐる
そしてその上を骨を刻むごとき寒い風が吹きまくり手足が凍えてほとんど生死の程も分らぬやうな苦しい思ひに充たされるのである

南から来たる者は山一面に火の燃えてゐる中を焔と煙をくぐつて来なくてなならない
これも少しく油断をすれば煙にまかれ衣類を焼かれ大火傷をなして苦しまなくてはならぬ
しかしながら十分に注意をすれば火傷の難を免れて八衢の中心地へ来たることを得るのである

東北(艮)から来たる者は寒氷道といつて雪は身を没するばかり寒い冷たいところを野分に吹かれながらこけつまろびつ死物狂ひになつて数十里の長い道を渉りやうやくにして八衢の中心地へつくのである

東南(巽)かた来たる者は満目蕭然たる枯野ケ原をだた一人トボトボとやつてくる
そして沼田やシクシク原や怪しき虫のゐる中を辛うじて八衢の中心地へ向かふのである

西南(坤)から来たる者は崎嶇たる山坂や岩の上をあちらへ飛びこちらへ飛びいろいろの怪物に時々襲はれながら手足を傷つけ飛んだり転げたりしながらにやうやく八衢の中心地に出て来るものである

西北(乾)から来たる者は赤跣足になり尖つた小石の路を痛めながらやうやくにして命カラガラ八衢の中心地へ来たるものである

しかしながらかくのごとき苦しみを経て各方面より八衢の中心地なる関所に集まり来たる精霊はいづれも根底の国(地獄界)へ行くべき暗黒なる副守護神の精霊ばかりである
しかして各方面が違ひその苦痛の度合が違ふのはその精霊の悪と虚偽との度合の如何によるものである

善霊すなはち正守護神はいづれの方面より来たるもあまり苦しからずあたかも春秋の野を心地よげに旅行するやうなものである
これは生前につくした愛善の徳と信真の徳によつて中有界(精霊界)をやすやすと跋渉することを得るのである
善の精霊すなはち正守護神が八衢へ指して行く時はほとんど風景よき現世界の原野を行くごとくあるひは美しき川を渡り海辺を伝ひもしくは美しき花咲く山を越えあるひは大河を舟にてやすやすと渡りまたは風景よき谷道を登りなどしてやうやく中心地へ着くものである
この正守護神の通過する八衢街道はほとんど最下層天国の状態に相似してゐるのである

しかして八衢の中心地なる関所は正守護神も副守護神もすべての精霊の会合するところであつてここにて善悪真偽を査べられかつ修練をさせられいよいよ悪の改善をする見込みのなき悪霊なる精霊はある一定の期間を経て根底の国(地獄界)に落ちその一方善霊なる精霊はその徳の度に応じて各段の天国へそれぞれ昇り得るものである

・・・「人(霊止)還りの道」502編へつづく


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