「人(霊止)還りの道」70編



左の御美豆良に刺させる湯津津間櫛の男柱一箇取闕きて
一火燭して入見ます時に
宇士集り蘯きて
御頭には大雷居り
御胸には火雷居り
御腹には黒雷居り
御陰には拆雷居り
左の御手には若雷居り
右の御手には土雷居り
左の御足には鳴雷居り
右の御足には伏雷居り
併せて八の雷神成り居りき

左の御美豆良に刺させる湯津津間櫛の男柱一箇取闕きて
一火燭して入見ます時に
宇士集り蘯きて

左とは上の意であり右とは下の意であり左の方とは霊のカガミの意です
湯津津間櫛(ユツツマグシ)とはすべての乱れを解きわけると云う意であり奇魂のクシの意でもあり櫛(クシ)の歯の一本(ヒトモト)を闕きてその上に火を点して見られた即ち暗黒世界に一寸霊の火をつけて見られた意です
一つ火とは一つの目であり日本の日の丸の国旗の意です
火とは皆のものが明光を尋ねて慕い寄って来ると云う意であり夏の虫が火を見て寄って来るとか航海者が一つの燈台を見て港へ寄って来るなど誠の神の霊智霊光の発動の意です
クシとは明智をもって照らす意である日の神の御光と云う意です
日とは天に一つであり天津日嗣も世界に一人です
日の大御神の御聖徳を輝かし奉ると云うことが一つ火でありこの日の大御神の大御心をもって世界中を調べてみる即ち日本の国の八咫の鏡で照らしてみると宇士(蛆)がたかってとどろいて居たと云う意です
人間の形をしていてもその心は蛆と同じであり勝手氣儘なことをしたり云ったりしてると云う意です

御頭には大雷居り

御頭とは体主霊従国の主権者とか大統領などの意であり大きな雷とは悪魔とか強い不可抵抗力などの意です
叱られた時に雷が落ちたと云いますが多人数の中に天から雷が落ちたと云う意です
一つ火の霊主体従である至誠の教と行動を極力妨害することと同様の意です

御胸には火雷居り

御胸とは大臣などの意であり火の雷とは悪いことを考えているものが沢山に潜んでいると云う意です
偽聖者がこぞって一つ火の霊主体従である至誠の教と行動の出現を忌み嫌い百方火のごとき激烈なる反対論などをもって天下の思想界を撹乱せむと大々的妨害することと同様の意です

御腹には黒雷居り

御腹とは中堅の国民の意であり悪い者を指して腹黒いと云うように国民の中堅が悪に化っていると云う意です
ある種の野心家が或る目的のために表面信者と見せかけあらゆる利己的行動を企画し神界より看破され除名の処分を受けた者が百方有りもせぬ事を犬糞的に喧伝する悪人輩が沢山潜伏していることと同様の意です
表面は熱心な信者らしく見せかけたり神様を道具に使って役員となったり各地の教信徒を籠絡させたり神様を担ぎ出して利己利益のために蠢動する偽信者や偽役員が蛆虫然として平氣な顔をして活動し他の役員を目の敵のように云い罵る不正者の現出または潜伏の意でもあります

御陰には拆雷居り

御陰とは百姓とか労働者などの意であり拆とは引裂くと云う意です
青年の中に潜んでいる不正分子が種々の良からぬ言行を敢えてし折角研きかけた善良分子までも悪化せしむる如き行動を採り青年の信念力を一角から破壊せしむような下級の連中であり悪化的行動と同様の意です

左の御手には若雷居り
右の御手には土雷居り

左の手とは神であれば天津神であり人民であれば上流社会の意です
右の手とは神であれば地(国)津神であり人民であれば下等社会の意です
若雷の若とは本当に未だ熟せない思想が固まらないと云う意であり富豪階級の青年や大学生や華族の令息などの意でいわゆる上流社会の若者の精神行為が荒れすさんでいると云う意です
神霊天地惟神の大道を無視する連中や考え過ぎや氣を利かし過ぎて間の抜けた言行を敢えてすることと同様の意です
土雷の土とは百姓の意であり地主と小作人との軋轢が絶間なくあると云う意です
不良分子の言行が神霊天地経綸の大道を大々的に妨害したり不健全な分子が不良な計画を企てたりその悪行悪言と同様の意です

左の御足には鳴雷居り
右の御足には伏雷居り

鳴雷とは日本でも外国でも軍隊の中に鳴りわたる悪い思想が空から下る大雷悪神のごとく伝わっていると云う意です
不良分子が混入し一生懸命に尽力してるがかえって神霊天地経綸の大道を妨害したり潜んでいたり種々の危険なる思想や主義が潜入して居るのと同様の意です
伏雷とは伏せてある悪魔と云う意であり雷の中でも最も恐ろしい雷の意です
人民に例えると悪化する労働者や社会主義者などと云う意であり悪思想の労働者がダイナマイトやその他をもって破壊的陰謀やテロなどを企てて隠れて時期を待っていると云う意です
神の道も人の道も何も分からぬ不良なる偽信者が幹部から親切上から忠告を受けるとその親切を逆に感受し非常に立腹して何か幹部の者に欠点でもあったらこれを暴いてやろうと自分の過失を棚に上げておいて上の役員ばかりを恨んでいる不良分子のことと同様の意です
実に今の世の中とはこの通りになってます

併せて八の雷神成り居りき

天下国家のために真神大神の大御心を奉戴して同胞を初め世界を覚醒しこれを以て天国浄土の安楽国を建設せむとする真如の大活動を天下挙って阻止妨害せむとするのはこの八種の雷神に攻撃されている意です

古事記とは
いつ読んでも適合するものであり昨今の江戸時代にも適合し現代にも適合し将来のことにも当てはまります

古事記とは神典なり
古事記とは皇典なり

古事記とは
古今を通じて謬らざるところの実に尊き神文なる所以なり

・・・「人(霊止)還りの道」71編へつづく


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