「人(霊止)還りの道」490編


現代の人間(ジンカン)は百人がほとんど百人まで本守護神たる高天原の天人の情態なくいづれも中有界(精霊界)に籍をおきそして中有界のなかでも外分のみ開けてゐる根底の国に籍をおく者その大多数を占めてゐるのである

また今日のすべての学者は宇宙の一切を解釈せむとして非常に頭脳をなやませ研究に研究を重ねてゐるが彼らは霊的事物の何物なるを知らずまた霊界の存在をも覚知せない癲狂痴呆的態度をもつて宇宙の真相を究めむとしてゐる
これを称して体主霊従的研究といふ

暗がりの世
夜の守護の副守護神ばかりである
鼻高いはゆる天国地獄の中途にある中有界に迷ふてゐる盲どもである

すべて宇宙には霊界・現界の区別がある以上はたうてい一方のみにてその真相を知ることは出来ない
自然界の理法に基づくいはゆる科学的知識をもつて無限絶対・無始無終・不可知不可測の霊界の真相を探らむとするは実に宇愚癲狂も甚しといはねばならぬ

まづ現代の学者はその頭脳を改造をなし霊的事物の存在を少しなりとも認め大神の直接内流によつて真の善を知り真の真を覚るべき糸口を補足せなくては黄河百年の河清をまつやうなものである
今日のごとき学者の態度にてはたとへ幾百万年努力するとも到底その目的は達することを得ないのである

夏の虫が冬の雪を信ぜないごとく今日の学者はその智暗くその識浅くかつ傲慢にして自尊心強く何事も自己の知識をもつて宇宙一切の解決がつくやうにいなほとんどついたもののやうに思つてゐるから実にお目出たいといはねばならぬのである

天体の運行や大地の自転運動や月の循行そして寒熱の原理などについてもまだ一としてその真を得たものは見当らない
徹頭徹尾・矛盾と撞着と昏迷惑乱とに充たされ暗黒無明の域に彷徨し太陽の光明に反きわづかに陰府の鬼火の影を認めて大発明でもしたやうに騒ぎまはつてゐるその浅ましさ少しでも証覚の開けたものの目より見る時は実に妖怪変化の夜行するごとき状態である

現実界の尺度はすべて計算的知識によつてそのある程度までは考察し得られるであらう
しかしなにほど数学の大博士といへどもその究極するところはたうてい割り切れないのである
例へば十を三分し順を追うておひおひ細分しゆく時はその究極するところはヤハリ細微なる一といふものが残る
この一はなにほど鯱矛立ちになつて研究してもたうてい能はざるところである

自然界にあつて自然的事物すなはち科学的研究をどこまでも進めても解決がつかないやうな愚鈍な暗冥な知識をもつて焉んぞ霊界の消息・門内に一歩たりとも踏み入ることは出来ようか

ゆゑにこの「人(霊止)還りの道」もこれを読む人々の智慧証覚の度合の如何によつてその神霊の感応に応ずる程度に幾多の差等が生ずるのは已むを得ないのである

・・・「人(霊止)還りの道」491編へつづく

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