「人(霊止)還りの道」480編


高天原(天界)の全体を身体に譬へてここに説明することとしよう

身体の頭部にをるものは愛・平和・無垢・証覚・智慧の中に住してゐる
従つて歓喜と幸福とに住するをもつて天界到るところこの頭部における善徳に比すべきものはない
人体の頭部および頭部に属ずる一切のものにその神徳流れ入つてこれと相応するのである

身体の胸部にあるものは仁と信との善徳中に住してゐる
人体の胸部に流れ入りこれと相応するものである

身体の腰部および生殖機関に属するものはいはゆる夫婦の愛に住してゐる
これは第二天国の情態である

身体の脚部にあるものは天界最劣の徳すなはち自然的および霊的善徳の中に住してゐる
これは最下天国の情態である

身体の腕と手とにあるものは善徳の中より出で来たる真理の力に住してゐる
身体の目にあるものは智に住してゐる
身体の耳にあるものは注意と従順に住してゐる
身体の鼻口に属するものは知覚に住してゐる
身体の口と舌とに属するものは智性と智覚とより出づる言語の中に住してゐる
身体の内腎に属するものは研究し調査し分析し訂正するところの諸々の真理に住してゐる
身体の肝臓・膵臓・脾臓に属するものは善と真といろいろに洗練するに長じてゐる
いづれも大神の神格は人体中に相似せる各局部に流入してこれと相応したまふ

高天原よりの内流は諸肢体の働きおよび用の中に入りしかして具体的結果を現ずるがゆゑにここにおいてか相応なるものが行はれてくるものである

智あり覚ある者を「頭を持つてゐる・頭脳が緻密である・よい頭」とか称す
仁に厚い者を「胸の友・心が美しい・氣のよい人・心意氣がよい」とか称す
知覚に勝れた者を「鋭敏なる嗅覚を持つてゐる・鼻が高い」とか称す
智慮に秀でた者を「視覚の鋭い・鬼の目」とか称す
強力なる者を「手が長い・利く」とか称す
愛と志を基として志すとろこを決する者を「行動は心臓より出づる・心底から来たる・同情心が深い」とか称す

かくのごとく人間の不用意のうちに使ふ言葉や諺は尚この外にいくらとも限りないほどあるのは相応の理に基いて何事も高天原よりのお言葉なることは自覚し得らるるのである

・・・「人(霊止)還りの道」481編へつづく


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