「人(霊止)還りの道」453編


人の肉体は精霊の家または容器といつても可いものである

人の肉体にしてすなはち精霊の活動機関にして自己の本体たる精霊が有するところの諸々の想念と諸多の情動に相応じてその自然界における諸官能を全うし得ざるに立ちいたつた時は肉体上より見てこれを死と呼ぶのである

精霊と肺臓の呼吸および心臓の鼓動との間に内的交通なるものがある
そは精霊の想念とは肺臓の呼吸と相通じその愛より来たる情動は心臓の鼓動と相通ずるゆゑである
それだから肺臓・心臓の活動が全く止む時こそ霊と肉とがたちまち分離する時である

肺臓の呼吸と心臓の鼓動とは人間の本体たる精霊そのものを繋ぐところの命脈であつてこの二つの官能を破壊する時は精霊は忽ちおのれに帰り独立し復活し得るのである

かくて肉体すなはち精霊の躯殻はその精霊より分離されたがゆゑに次第に冷却してつひに腐敗糜爛するにいたるものである

・・・「人(霊止)還りの道」454編へつづく


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