「人(霊止)還りの道」450編


モシ先生
神司も霊界(中有界/精霊界)へ来ては
カラキーシ駄目ですなア
現界ではまるで救ひの神様のやうに言はれてをつても
ここへ来ると見る影もないぢやありませぬか

ウン
さうぢや
俺たちもまだ天国へは行けず
中有界に迷うてゐるのだからなア
それだから
吾々は八衢人足と
信者以外の連中からいはれても仕方がないのだ

どうしたら天国へ行けるでせうかな

さうだ
心のドン底より
神さまの神格を理解し
神の真愛を会得し
愛のために愛を行ひ
善のために善を行ひ
真のために真を行ふ真人とならなくちや
たうてい駄目だ
俺たちも少しばかり言霊が利くやうになつて
自分が修行した結果
神力が備はつたと思うてをつたが
大変な間違ひだつた
いづれもみな瑞の御霊なる神素盞嗚命様の御神格がわが精霊を充たし
わが肉体をお使ひになつてをつたのだつた
これを思へば
人間はチツとも我を出すことはできない
何事も自分の智慧だ
力だ
器量だと思ふのは
いはゆる大神の御神徳を横領いたす天の賊だ
かやうな考へでをつたならば
たうてい何時までも中有界に迷ふか
つひには地獄界へ落ちねばならぬ
有難や尊や
神様の御恵みによつてハツキリと霊界の様子を見せていただき
実に感謝のいたりである
これから吾々は
今までの心を入れ替へて
何事も神様にお任せするのだなア
自分の力だと思へば
そこに慢心の雲が湧いてくる
謹んだ上にも謹むべきは
心の持ち方である
あゝ惟神霊幸倍坐世

八衢の関所の伊吹戸主神は二人に会釈しスーツと座を立つて館の奥深く入らせ給うた
二人は後を眺むれば伊吹戸主神の姿は丸き玉のごとく光り輝きその神姿は判然と見えず月のごとき光が七つ八つあるひは九つ円球の周囲を取り巻き次第次第に奥の間に隠れ給ふのであつた
二人は愕然としてものをも言はずふたたび八衢の関所に目を放ちここに集まり来たる精霊の様子を瞬きもせず窺つてゐた

凡て智慧と証覚のすぐれたる神人をそれより劣りし証覚者が拝する時は光のごとく見えて目にも眩くなるものである
神の神格は神善と神真でありそれより発する智慧証覚はすなはち光なるがゆゑである

・・・「人(霊止)還りの道」451編へつづく

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