「人(霊止)還りの道」432編


威張りたい奴は威張らしておくさ
朝から晩まで馬のお世話ばかりさせれてゐるのだから
ちよつとは威張らしてやつたて好いぢやないか
誰だつて
何かの特権がなければ勤まらぬからなア
しかし人間は一旦ドン底に落ちてこねば駄目だ
人生の破調は神を輸入す
とかどこやらの哲学者が吐いたぢやないか
一旦失脚せなくては
真の神に接し
神の神力を受けることは出来ないものだ

さうだなア
なんでも
エマーソンとかいふ哲人の言葉だと聞いてゐるが
ずゐぶんエラーソンにいつたものぢやなア
アハゝゝゝ

古今東西の偉人傑士といふ奴は
大抵孤児か貧児か
もしくは私生児あるひは極めて不仕合せ者であつたことを考へてみると
人間といふものは
どうしても悲境の淵に沈んで
社会の辛酸を嘗めて来なくてはたうてい駄目だよ
人間の父母の恩愛は
ややもすれば舐犢の愛に流れ易きものだ
貴族の倅が
鞭撻な手に育てられ人となつた
いはゆる寵児は
往々にして
放蕩遊惰の鈍物となるの事実は
世間にはずゐぶん沢山あるものだからなア
世の諺にも
親はなくても子は育つ
といふぢやないか
人間はどうしても神様の保護を受けなくては
一力で存在することは出来ない
誠の神の愛に触れなくちや駄目だ

天父の聖心にある
大愛の鼓動は
直ちに美しく
しかも厳粛なる
自然の情調として
促々として吾が身に迫り
動もすれば私慾野念のために
昂進し攪乱する
吾が心身の脈搏を鎮静し
かくて従容として
捨身無為の
本然的活動に入らねば止まない

如何に安息を求めて
涼しき山奥や
静かな海浜に遊ぶも
もし夫れ
心霊の内分に
神と倶に働き
天界を蔵して
天地と呼吸を斉ふべき
霊覚を欠かむか
安息も立命も
只一場の好夢にも比すべき
憐れなる欺幻に
過ぎないであらう

・・・「人(霊止)還りの道」433編へつづく


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