「人(霊止)還りの道」429編


そよそよと吹く
風の音
脚歩の響き
草葉の声を聞けば
万物みな
こころ有りて
何事か神秘を
心暗き吾が耳に
語るあるに似たり

もし
先生様
平等愛と差別愛とは
どこで違ふのでせうか
どちらから出発点を見出せばよいのでせう

差別愛とは偏狭な変愛のやうなものだ
平等愛とは普遍的の愛でいはゆる神的愛だ

生来の差別愛より
神的なる
平等愛に進む径路は
実に
惨澹たる血涙の
道を行かねばならぬ
これが
不断煩悩得涅槃の
有難い消息が秘められてある

信仰によつて
不信なる吾人の頑壁が
身心脱落し崩壊し去る時は
神の宝座より
吹き来たる霊風の鞴(フイゴ)に
解脱新生の歓喜を為し
猛火も焼く能はず
波浪も没する能はず底の
金剛不壊の法身
おのづから
吾に本具現成するを
自覚し得るに至る
その時こそは
百千の夏日昇りて
一時に灼鑠たるも
ただ是
自性法界を荘厳するの七宝
清浄妙心を照映するの
魔尼宝珠(マニホツシユ)なるべきのみ

吾人が法悦の信楽は
現代の冷たい哲学の鋸や
慧しい科学の斧に由つて
忽ち幻滅の非運に
会ふやうな
ソンナ空想的のものでは無い
主の神の持し給へる
愛の善と信の真とによつて
智慧と証覚の上に
立脚したる大磐石心なり

燃えさかる
希望に充ちし
心もて
昇る旭を
拝みにけり

遠山の
峰は真白し
今はしも
昇らむとして
雲映えをれり

より強く
生きむと思ふ
吾が前に
昇る旭の
大いなるかな

山明けて
風そよそよと
吹く野路は
あたりも清く
胸も静けき

厳かに
旭を浴びて
坂照山の
高嶺は雲の
上に聳ゆる

厳かに
生きむとするか
氣高くも
錦の山は
空に聳ゆる

・・・「人(霊止)還りの道」430編へつづく


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