「人(霊止)還りの道」418編


人間がこの世に生れ来たり美醜・強弱・貧富・貴賤の区別がつくものは決して人間業ではありません
いづれもみな惟神の依さしのままにそれ相応の霊徳をもつて地上に蒔きつけられたものです

富める者はどこまでも富み貧しき者はどこまでも貧しいのはその霊の内分的関係から来るものであつて決して外分的関係より作り出されるものではありません

貧しき霊の人間が現界に活動し巨万の富を積み金殿玉楼に安臥し富貴を一世に誇るといへども依然としてその霊と肉とは貧しき境遇を脱することは出来ません

これはちやうど如何に醜婦が絶世の美人の容貌にならむと紅白粉を施し美はしき衣服を装ひあらむ限りの人力を尽すといへども醜女は依然として醜女たるの域を脱せざると同一です
また鼻の低い者は如何に隆鼻術を施すとも美顔術を施すともたうてい駄目にをはるごとく貧者は何処までも貧者です

すべて貧富の二者は物質的のみに局限されたものではありません
真に富める人(霊止)は一箪の食・一瓢の飲をもつて天地の恵みを楽しみ綽々として余裕を存し天空海濶たる氣分に漂ひます
いかに巨万の財宝を積むとも神より見て貧しき者はその心平らかならず豊かならず常に窮乏を告げて慾の上にも慾を渇き一時たりとも安心立命することが出来ません
金の番人・守銭奴たるの域に齷齪として迷ふのみです

また天稟の美人は美人としての惟神的特性が備はつてゐます
天稟の美人として慎むべき徳は吾以外の醜婦に対しなるべく美ばらざるやう艶ならざるやう努むるをもつて道徳的の根本律としてゐるのは惟神の真理を悟らざる世迷言です
美人はますます装ひをつくせばますますその美を増し神または人をして喜悦渇仰の念を沸かさしむるものです
これが即ち美人として生まれ来たりし自然の特性です
これを十二分に発揮するのが惟神の真理です
また醜婦は決して美人を妬みそねまず自分の醜をなるべく装ひ人に不快に念を起さしめず且また美人に対して尊敬の念をはらふのが醜婦としての道徳です

富者となり貧者となり
貴人となり賤民となり
美人となり醜婦となり
智者となり愚者となり

いづれも生まれ来たるもみな宿世の自ら生み出だしたる因果律によつて来るものなれば各自にその最善を尽し賤民には賤民としての本分を守り貴人は貴人としての徳能を発揮し富者は富者としての徳を現はし貧者は貧者としての本分を守るのが天地惟神の大道です

かくのごとき上下の万民が一致的にその本分を守るにおいては桝かけ引きならして運否のなき五六七の世が現出には頑迷固陋の倫理学者や道徳者は必ず異端邪説として排斥するものです
しかしながら天地の真理の惟神の大道たる以上は如何ともすることはできません

五六七仁慈の大神の御心のままに説示しておく次第です

・・・「人(霊止)還りの道」419編へつづく


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