「人(霊止)還りの道」393編


天地の太初に道(コトバ)あり
道(コトバ)は神と共にあり
道(コトバ)は即ち神なるぞ

万物これにて造らるる
造られたるもの一として
之に由らずして造られし
ものは尠しもあらじかし
之には清き生命あり
生命は人の光なり
かれ世に在し世は彼に
全く造り上げられぬ

けだし道(コトバ)は肉体と
なりて吾曹の間に宿る
吾その光栄を見たりてふ
聖者の道(コトバ)は主の神の
力を意味するものぞかし

いかんとなればそは道(コトバ)
肉体となれりといふに由る
されど道(コトバ)はことさらに
何を表はすものなるか
知るもの更に無かるべし

道(コトバ)といふは聖言ぞ
聖言すなはち神真ぞ
この神真は主の神に
存し玉へば主神より
現はれ来たる光なり
光は主神の神真ぞ

高天原にて一切の
力を有つは神真ぞ
神真なくば力なし
故に一切の天人を
呼びて力と称ふなり
実に天人は神力の
所受者なるのみならずして
神力を収むべき器なり

天人すなはち力なり
この神力を有つゆゑ
地獄界まで制裁し
それに反抗するものを
全く制禦し得らるなり
たとひ数万の叛敵の
現はれ来たる事あるも
高天原の神光と
称へまつれる神真ゆ
かがやき来たる一道の
光明に遭ひしその時は
ただちに戦慄するものぞ
全天界の根元を
組織するものは神真の
光に決して外ならず
そは天界を組織する
ものは天人なればなり

神真中に斯のごとく
偉大無限の神力の
潜みゐるとは現界の
真理を以てただ思想
または言語に外なしと
思ふ学者のなかなかに
信じ能はぬところなり
思想や言語は自身にて
力を有するものならず
主神の命に従ひて
活動する時始めてぞ
力を生ずるものとなす

されど神真はその中に
自らなる力ありて
天界こそは造られぬ
地上の世界もその中の
万物併せてことごとく
之にて造られたるものぞ

かくも尊き神力の
神真の中にあることは
二個の茲に比証あり
即ち人間にある善と
真との力その次に
世間よりする太陽の
光と熱との力にて
神の稜威を明らかに
覚り得らるるものぞかし

・・・「人(霊止)還りの道」394編へつづく


関連記事一覧


無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

スポンサーリンク

Amazon

楽天市場

Y!ショッピング

Y!トラベル

ブログポリシー

鈴木慧星の名称およびブログの全部または一部をリンク・複製・引用・転用・転載・改変・アップロード・掲示・送信・頒布・販売・出版等を一切禁止します

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用規約ならびにソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します