「人(霊止)還りの道」378編


漢朝に帝堯(テイゲウ)といふ天子がありました
在位七十年の帝堯は年すでに老いたれば「何人に天下を譲るべきか」と大臣らにお尋ねになられました
大臣は皆諂つて幸に「皇太子の丹朱様お在しまさば丹朱様にこそお譲りなさいませ」と申し上げました
さうすると帝堯は天子の言に「天下は是一人の天下ではない 何を以てわが太子なればとて徳足らず政の真義を知らないものに位を譲り四海の民を苦しむべきや」と仰せられました

帝堯は皇太子たる丹朱に位を譲り給はずいづこの野に賢人あらむと隠遁の者までも尋ね給ひつひに箕山といふ所に許由(キヨイウ)といふ賢人が世を捨て光を韜みただ苔深く松痩せたる岩の上に一瓢を掛け瀝々たる風の音に人間迷情の夢を覚してゐました
帝堯は之を聞こしめして勅使を立て御位を譲るべき由を仰せ出だされましたが許由は遂に勅に答へず「あまつさへ松風渓水の清き音を聞きて折角爽かになつた耳が富貴栄華の賤しき事を聞かされて心までが汚れたやうだ」といつて頴川の水に耳を洗つてゐました

そこへ同じ山中に身を捨て隠居してゐた巣父(サウフ)といふ賢人が牛を曳いて来て牛に水を呑まさむとすると許由がしきりに耳を洗つてゐるのを見て「何ゆゑに汝は耳を洗つてをらるるか」と不思議さうに尋ねました
そこで許由は「帝堯が吾に天下を譲らむと仰せられたの聞いて耳が汚れたやうな心地がしてならないから耳を洗つてゐるのだ」と答へました
巣父もまた首を振つて「如何にもそれでこの水流が常より濁つて見えたのだなア 左様な汚れた耳を洗つた水を牛に飲ますと大事の牛が汚れる」といつて牛を曳き連れて帰つてしまいました

そこで帝堯が「ハテ困つたことだ 天下を誰に譲つたが宜からうか」と四方八方隈なく尋ね求め給ひました
その結果において冀州に虞舜(グシユン)といふ賤しき人がありました
虞舜の父は盲目者であり母は精神ねぢけて忠信の言を道らず徳義の経に則らず弟の象(シヤウ)は驕慢悖戻の曲者でした
しかし独り虞舜のみは孝行の心深くして父母を養はむがために歴山に行つて耕す姿にその他の人々はその徳に感動して畔を譲り雷沢に下つて漁る時はその浦の人々は居を譲り河浜に陶するに器は皆苦窳からず「愚舜の往きてゐる所に二年在れば邑をなし 三年あれば都を成す」といふ調子で万人がその徳を慕つて来るといふ立派な人でした

年二十の時には孝行の誉れ天下に聞こえたので帝堯はこの虞舜に天下を譲らむと思召して先づ内外についてその行ひを観むと欲し娥皇女の英(エイ)といふ姫宮を二人まで虞舜に妻せられました
そしてその御子九人を虞舜の臣下として左右に慎み遣はせられました
その三十万年の未来が支那国です

・・・「人(霊止)還りの道」379編へつづく


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