「人(霊止)還りの道」21編


神界には
正神界と邪神界の二大別が存在します

正邪神の区別は如何に賢明な人(霊止)であってもこれを正確に審判(審神者)することは容易ではありません

邪神(悪神)とは
善の仮面を被り善言美辞をつらね時には一時的幸福を与えたり予言を為したりして審神者の心胆をとろかし奥の手の悪事を遂行します

正神(善神)とは
その多くが神格容貌優秀であり何処ともなくその権威に打たれるものです
しかし中には悪神の姿に変じて悪言暴語の連発から一時的災害を下しそしてまた予言の不適中となることもしばしばあります

正邪神の区別とは
神界の深き御経綸によるところであり人心小智の窺知し得られる範囲ではありません

例えば
神道・仏道・修験者などが深山幽谷に分け入り滝水にうたれ火食を断ちあるいは断水の行そして百日の断食などを為すことはその最初よりすでに妖魅邪鬼の邪神(悪神)にその精神を蠱惑されてしまっている状態です
これは種々の邪神(悪神)たちは人(霊止)や人間(ジンカン)が霊魂ともに疲労衰耗の極に達しそして肉体としても蚤一匹の力さへも無くなったその隙をねらって憑依するが為です
そして邪神(悪神)が憑依すると天授の四魂も弱り肉体も衰えます

審神者を行なう者は
相当な知識と経験とそして強靭な胆力が必要となります
さらに幾分かは霊界の消息に通じてることが肝要となります
これ等が無くしては正確な審神者の神術は一切勤まりません

真の神憑かりの修養を為すには
先ず第一に正食に励み身体を強壮にすることです
それにより身魂ともに爽快となり初めて至真・至美・至明・至直の真神大神に対して帰神の修業を為せる状態となりそれを以て憑依や降臨を乞うことが出来るようになります

邪神(悪神)とは
徳利に酒を盛りその酒を残らず呑み干し空にしたその後もなお幾分かの酒の香が残存しているが如く人(霊止)や人間(ジンカン)の身魂深くに浸潤してます

・・・「人(霊止)還りの道」22編へつづく


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