「人(霊止)還りの道」371編


人(霊止)の一生は重荷を負ふて険しい山坂を登るやうなものです

いつ剣呑な目に遭ふやら倒れるやら分りませぬ
そこを神様の御神力で助けられ波風荒き世の中を安々と渡るのですよ
さうして自分の身を守りながら神様の貴の御子(ウヅノミコ)たる天下の万民に誠の道を教へ諭して天国に救ひ霊肉ともに安心立命を与へるのが神より選まれたる人(霊止)の任務だからいかなる艱難辛苦に遭ふとも決して落胆したり怨んだりしてはなりませぬ

何事もこの世は人間(ジンカン)の自由には木の葉一枚だつてなるものではない
みんな神の御心のまにまに操縦されてゐるのだからいかなる事が出て来ようとも惟神に任し人間は人間としての最善の努力を捧ぐればよいのです

人間とは始めはずゐぶん虫のよい考へを起こし得意の時もあつてたちまちその夢は覚めて千仭の谷間へ身を落としたやうに見すぼらしい乞食とまでなり果てそして翻然として天地の誠を覚り諸国行脚をなし完全な神司となり御神力を身に備ふる人(霊止)におなりになるものです
人はどうしても苦労をいたさねば誠の神柱にはなることは出来ませぬ

北光の神が都牟刈(ツムガリ)の太刀を鍛ふるにも鉄や鋼を烈火の中へ投げ入れ金床の上に置いて金鎚をもつて幾度となく練り鍛へ叩き伸し遂には光芒陸離たる名刀と鍛へるやうなもので人間も神様の鍛錬を経なくては駄目です
一つでも多く叩かれた剣は切れ味もよく匂ひも美はしきやうなもので人間も十分に叩かれ苦しめられ水火の中を潜つて来ねば駄目です

人(霊止)は互ひに手配りをして誠の道につくさねばなりませぬ
いつまでも若い身をもつて天下擾乱の時代に安楽に情味を楽しむといふ事はできませぬ
生者必滅・会者定離・別離の苦しみは人間は愚か万物に至るまで免れ難きところこの点をを十分に御承知を願つておかねばなりませぬ

・・・「人(霊止)還りの道」372編へつづく


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