「人(霊止)還りの道」370編


忍術とは変幻出没で肉身を自由自在に相手の前に煙のごとく消滅したくみにその踪跡をくらます魔術のやうに考へてゐる人が多いです
しかし忍術なるものは決してそんな不可思議なものではありません

忍術とは忍耐術の意であり敵情を窺ふに際し屋根裏に一週間でも十日でも飲まず食はずに咳もせず息をひそめて様子を考へたりあるひは寒暑を問はず目的の達するまでたとへ十日でも二十日でも水中に身を没し鼻と目だけを水面に出して空氣を吸ひ顔の上に藻などを被つて敵情を視察したりあるひは広き泉水などを渡るにも波を立てないやうに水音のせないやうに活動し得るまでにはよほどの習練を要す忍耐術です

また一夜の中に百里以上も高飛びを徒歩でせなくてはならぬ時その歩き方は左の肩を先にしなるべく空氣の当らないやうにして道を突破し蟹のごとくに横に歩む時は足音もせず三四倍の道が歩めます
これは甲地にて宵の口にある目的を達しその夜の中に百里も離れた乙地へ到着して納まり返つてゐるのが忍術の目的だからです

忍術を使ふ者は黒白青赤その他のいろいろの布巾を懐にかくしおき白壁の前に立つ時は白布を出してその身を隠し黒き物の側に立寄る時は黒の布をもつて身を蔽ひ青きところでは青き布を出して身を蔽ひ人の目を誤魔化すことをもつて忍術の奥義としてゐます
つまりこれはカメレオンがあたりの草木の色によつて変ずるごとき活動をするのであり上から下まで黒装束を着し四五尺ばかりもある手拭を一筋持ちこれを頬被りにしたりあるひは高い所から吊り降りる綱にも応用します

忍術の中で一本の鎧透しと云ふ極めて丈夫な一尺ばかりの短刀を所持しますがその短刀は無銘です
それは万一過つて遺失した時にその主の分からないやうとの注意から無銘の短刀を用ひまた一切印の入つた持物も身につけないのです
そしてこの短刀には三間も四間もある長い丈夫な下げ緒をくくりつけ塀などを越す時は下げ緒の端に手頃の石または分銅を括りつけ庭木の枝などに外からパツとふりかけ綱を結びつけ短刀を大地に立てその上に片足をのせ下げ緒を力として身を蹴らし塀に上がり下げ緒をたぐつて短刀を手に入れまたスルスルとほどけるやうにして木の枝から吊りおり座敷に忍び入ります
そして皮袋に二三合ばかりの水を入れておきソツと敷居に流し戸をあける時は音をさせぬやうにして暗夜に忍び込み敵情を視察するのが忍術使の職務です

忍術では敵の寝所に忍び入つた時は頭の方から進みよります
それは万一足の方から進む際に敵が目をさまし起き上がる途端にその姿を認めらるることを恐るるからです
そして頭の方から進む時は敵が驚ひて起き上がるを後ろから短刀にて切りつくるのに最も便宜だからです
また室内の様子をよく考へ屏風の蔭とか行燈の蔭とかに身を潜めることを努めます
そしてその室に入る前に敵の熟睡せるや否やを瀬ぶみするために平常から飼ひならしておいた二匹の鼠を懐にかくしおきまづ一匹を室内に放つてみます
鼠は変はつた家に行つた時はうろたへて座敷中をガタガタと騒ぎまはるものです
その鼠の音で敵が目をさますやうではその敵はまだ熟睡してゐません
寝まぐれに敵がシーツシーツと鼠を叱りそのままグツと寝てしまふとソツと障子の穴から忍術使が覗くと鼠はその顔を見てふたたび懐へ帰つてきます
そして今度はまた念のため次の鼠を一間に投げ入れるとまたもや鼠はうろたへて騒いでガサガサとかけ廻ります
それでも敵が氣がつかずに眠つてゐたならばもはや忍術使は安心してその目的を達するのです

・・・「人(霊止)還りの道」371編へつづく

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