「人(霊止)還りの道」367編


我が国に伝はる古典はすべて豊葦原瑞穂国(地球全体の国土の意)の有史以前の伝説や考量をもつて編纂されたものそして有史以後の事実を古文書や古伝説などを綴り合はせて作られたものもあり古事記・日本書紀・旧事紀・古語拾遺・風土記・姓氏録・神社縁起等のごときはその確不確を判定するに苦しむ点も沢山にあります

その中でもことに歴史としての連絡を欠いてをり一としてその正確を保証する光明線を見出すことができません
ゆゑに古往今来より賢哲の説には幾多の相違があり矛盾があり撞着があつて終始一貫もつて採るべきものは見出すことができないのです
しかしこれらの矛盾や撞着の中にも亦おのづから一条の脈絡があつてただ之を見る人の位置と研究の方法もしくは信念の厚薄等によつて大いにその趣きを異にしてをります

本居宣長・平田篤胤のごときはその立場から信仰的・神秘的なる解釈を下し歴史的・哲学的なる解釈はほとんど副物としてゐます
また仏教家や儒者のごときは各々その立場に応じて或は哲学的に或は歴史的に或は世評的に見解を加へてゐます
かの新井白石をはじめ歴史家のごときは我が国の古典を純然たる歴史として解釈を試みむとしてをります

我が国に伝はる古典を解釈せむとし歴史的・神話的・哲学的・宗教的等の見解および是らの二者または三者を合操して解釈せむとする数種があつてしかし又その一種の中にも幾多の解釈法や異説がありすこぶる混雑してをります
しかしこれらはすべて熟慮すれば何れの解釈にても条理は整然として存し以て建国の根底と民族の特質とに及ぼす点はほぼ同一に帰すものとも言ひ得べきものです
そしてさらに換言すれば建国の根本義と民族の特性とは神代書の解釈いかんに関せず確固不同の牢として抜くべからずものありと断言し得べきものです
ゆゑにあまり古典の解釈をして小部分的なる極東の一孤島にのみ局限してをるのは貴重なる我が国伝来の古典をして愧づかしむるものと言ふべきです

地球上の各国家の建設は古来におけるある優秀なる人種の首長たるものが高天原(天教山・地教山・アメーニヤ・埃及・メソポタミヤ・エルサレム・オノコロ島)もしくは其の首都などにおいてその子孫ならびに従属者の中より特に俊逸なるものを選抜して完全なる遠征的の冒険隊を組織し以てその国土万物を開発経営したものなることは明白なる事実です
古典にいはゆる国津神なる民族にも北種もあり南種もあつてその数六七種に及んでます
そして高天原人種すなはち天津神族に全く吸収せられ血化せられて高加索(コーカサス)民族なるものが現はれたりまた大和民族なる君民同祖の一血族一家的の団体に成つたのもあります
しかしながら真の太古の神人族その他の関係の知悉するにはたうてい三種や五種の古伝記にては九牛の一毛だも判然するものではありません

天地混沌・陰陽未分際より現代に至るまでの宇宙の神・現・幽の三界の出来事や神の御経綸を大体において明らかにするにはたうてい不可能事業です
ゆゑに「人(霊止)還りの道」ではその大要のみを摘み細微の点は略してなるべく小数において可能的明瞭な内容を名辞いたします
読者の皆さまはなにとぞ氣長くこれを子孫に伝へ研究あらむことを希望いたします

この「人(霊止)還りの道」を第1編の始めより読まない方が氣が利いてをると思はるる方もありませうが決してそんなものではありません
各編の中には宇宙の真理や真神大神の大意志や修身斎家の活きた教訓もあり過去における歴史もあり種々雑多の警句もあり金言玉辞もありますので始めの第1編より順に繰り返し心読せられむことを希望いたします

・・・「人(霊止)還りの道」368編へつづく


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