「人(霊止)還りの道」358編


大和魂の精神とは神心よりも仏心よりももつともつと立派な凡ての真・善・美を綜合統一した身魂を云ひます
仏の道で云ふところの菩提心です

神と仏の区別として神と云ふのは宇宙の本体・本霊・本力の合致した無限の勢力を総称して真神と云ひます
仏と云ふのは正覚者と云ひ大聖人・大偉人・大真人の別称です

大和魂の大略とは仏の道で云ふところの菩提心でありますがこの菩提心とは三つの心が集つて出来てます
第一は神心・仏心はいはゆる正覚心と云つてこれは善の方へ働く感情であり慈悲心・同情心などと云ひます
第二は勝義心と云つてこれは理性であり理性には消極・積極などの各種の階級があることはもとより理性の階級についてはたうてい一朝一夕に云ひ尽くされるべきではありません
第三は三摩地心と云つてこれは意志であり第一(よき感情)・第二(よき理性)・第三(よき意志)が全然一致して不動金剛の大決心・大勇猛心を発したものが三摩地心となります
これら三つのすべての心が合一したものが菩提心となり大和魂となります

何ほど理性が勝れてゐても知識に達してゐても一切の衆生を済度することは出来ません
それは智識あるもの学力あるもののみ之を解するものであり広く一般的にはその身魂を救うことが出来ないからです
これに反して正覚心(神心・仏心)とは第一(よき感情)であるために大慈悲心も起り同情心もよく働きます
この大慈悲心・同情心とは智者も学者も鳥獣に至るまで及ぼすことが出来ます
ゆゑに理智を主とする教えや理性を主とする教えではどうして一般人を救うことが出来ず正覚心を主とする教えであれば一切万事無抵抗主義を採り四海同胞・博愛慈悲を押し立てて進むので草の片葉に至るまでその徳に懐かぬものはありません
したがつて今日のごとく武力や学力の盛んな世の中において正覚心のみをもつて道を拓いてゆかうとするのは何だか薄弱な頼りないもののやうに思はりますが決してさうではなく最後の勝利は正覚心(神心・仏心)なる第一(よき感情)である大慈悲心・同情心が艮(トドメ)をさします

○○教・○○宗・○○乗・○○蔵・○○部とはすべて教と云ふ意味でありすべて同じものです
しかし仏教の教典を経文と云ひ経文の経とは真の教とは異なります
経とは経(タテ)の意であり今までの教とは凡て経糸ばかりであり経糸だけでは錦の機は織れません
それゆゑこれまでの既成宗教ではどうしても社会の役には立たず今までの凡ての教とは未完成品なのです

真の教とは国常立尊の霊系が経糸(タテ)となり豊国姫尊の霊系が緯糸(ヨコ)となることで経緯相揃うて完全無欠の埒が開かれる教典であり経文やコーランとは謂はず神諭(オサトシ)と称へられます

・・・「人(霊止)還りの道」359編へつづく


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