「人(霊止)還りの道」9編


心も持ちよう一つによりて
顔の相好までが変わるから
心の持ちようが一番大切で
あるぞ

和歌とは
神霊天地神明の聖慮をやわらげ万有に陽氣を与え人の心魂を照り明かす言霊の精華です

言霊の清く朗らかなる神人はすべて和歌によって難問題を解決しようと努力されました
これを善言美辞と云います

信仰の力とは山をも動かすものです
千祈万祈の至誠一貫をしても山動かざる時は吾より往きて山に登ろうと云う確固不抜の信仰があれば天下は何もかもこれに敵し得ることはありません

天地の間は宇宙の大元神である真神大神(神霊)の御許容が無い時は九分九厘にてすべて打ち覆されます
これは名望勢力一世に冠絶する威力をしても真神大神(神霊)の御許容が無い時は到底にその目的を達することは出来ません

神明の儼乎として
動かすべからず

真神大神(神霊)はみずからが創造したるこの世界を修理固成するためにこれまでの千辛万苦の結果において無限の霊徳をもって神人を生み出し給われました
そして神霊天地経綸による真神大神(神霊)に代わり大司宰の神人一柱によって世界を至善・至美・至安・至楽の神境となされるのが大主願です

しかし世界とは神人が人(霊止)を生みこの地上現実界に人々が充満するに至ると各自の欲望が発生して各々は真神大神(神霊)の神恩を忘れ利己主義精神を発生しそして遂には自由行動をとり優勝劣敗の悪風が吹く荒み自主的強力な人間(ジンカン)となり下がり天下を掌握しようとする我欲私欲が生れました
これが霊主体従の物質主義の始まりです

人間(ジンカン)の中において短慮なる輩は危急の場合や一大事の場合に際して身命をなげうってその主張を急速に達成しようとして知らず識らずの間に自暴自棄的行動を敢行して瓦全主義より玉砕主義を選ぶことが誇りであるかのような輩も顕れました

玉砕とは
自己の滅亡であり自ら人格を無視するものです

玉砕主義とは
真神大神(神霊)の神眼からも自暴自棄・薄志弱行の徒として指弾され霊魂の人格(霊格)までもが失墜するに至ります

神霊天地経綸の大司宰の神人より生まれ出でた人(霊止)はどこまでも隠忍自重して人格を尊重しそしていかなる圧力・困窮・災禍にも忍耐力と荒魂の勇を揮って瓦全と玉砕を常に計ることは当然の道です

瓦全と玉砕とは
人(霊止)として
易々なる
業なり

人間(ジンカン)とは
禽獣の域を
脱すること
能わず

真神大神(神霊)の造りしこの世界は日に月に餓鬼・修羅・畜生の暗黒界と化しつつあるのは実に遺憾の極みです

真神人たる人(霊止)とは
神格を失い幽界において永遠無窮に身魂の苦しむことを恐れ容易に我欲私欲である魔力や魔術を揮わないものです

真理を悟りし人(霊止)とは
たとえ肉体が滅亡しても決して根本的に脱線的還元の道は一切選ばないものです

・・・「人(霊止)還りの道」10編へつづく


関連記事一覧


無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

スポンサーリンク

Amazon

楽天市場

Y!ショッピング

7net

ブログポリシー

鈴木慧星の名称およびブログの全部または一部をリンク・複製・引用・転用・転載・改変・アップロード・掲示・送信・頒布・販売・出版等を一切禁止します

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用規約ならびにソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します