「人(霊止)還りの道」337編


天帝一物を創造す
悉く力徳による
故に善悪相混じ美醜互ひに相交はる

これ道の大原の初発に示されたる聖句なり

この力徳といふことは約言すれば動・静・解・引・弛・合の八力の活動の如何によつて善悪美醜・大小強弱が分かれます

人は天地の花
万物の霊長

神は万物普遍の霊にして
人は天地経綸の司宰者なり

しかし尊き天地経綸の司宰者なる人(霊止)にもまた善悪美醜・大小強弱の区別があつて中には天地経綸の司宰者どころかかへつて天地経綸の妨害をなす人間が沢山出来てゐます
かくのごとき人間が現はれてくるのは一つには教育の如何にもよるのは無論ですが真の原因とは決してさうではありません
肝腎の大原因とは天賦の力徳の過不及によるところの結果でありいはゆる身魂の因縁性来によるものです

概して人の肉体の善悪強弱とはすべて力徳の過不及により生ずるところの結果であり人の心の善悪智愚は元より教育によつてその一部は左右せらるるものです
しかし人は神様に次いでの尊き存在として世界を善に進め美に開くべき天職を天賦的に持つてゐます
そして人は小なる神としてまた神の生宮としてこの世に生まれ出でたる以上は終生神の御旨を奉戴し天地の御用を助け奉らねば人(霊止)として生まれ出でたる本分が尽せません

人は裸体で生まれてきたのであるからまた裸体で死ねばよいといふやうな棄鉢根性では人生天賦の職責が遂げられぬのみならずせつかく神界より選まれて神の生宮として世に生まれさしていただいた真神大神の御聖旨に背く罪人となります

人生の本分としては「第一に天地神明の大業に奉仕し政治をすすめ産業を拓きかつ真の宗教を宣り伝へて道義心の発達を助けて世界の醜悪を駆追し真善美の天地に進めてゆかねばならぬ」です

他人はどうでもかまはぬ自分のみ清く正しければいいのだといつて聖人氣どりで済ましてゐるやうなことでは人(霊止)としての天職を全くしたものといふことはできません

政教慣造の進歩発達を祈願しかつ完成せしむるを以て人たるものの天職であります

・・・「人(霊止)還りの道」338編へつづく


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