「人(霊止)還りの道」336編


天帝一物を創造す
悉く力徳による
故に善悪相混じ美醜互ひに相交はる

これ道の大原の初発に示されたる聖句なり

蒼空を仰望しても海原を見ても山川虫魚を見てもことごとく善悪美醜の区別が様々あつて「この世界は至善至美の神様がお造りになつた以上は悪といふことは微塵もなく至善至美の物ばかりであらねばならぬ」といふ人がありますが決してさうはゆきません
また「天帝はたして全智全能にして万物を造りかつ真善美を好むものならば何故その全智全能の神徳によつて美なるもの善なるもののみを拵へて醜悪なるものを拵へぬはずである」「神の意志ははたして真善美を愛するならば元より善ばかりを拵へておけば別に悪を造つておいて悪を改めしめむとて宣り伝へるに努力するの必要はないではないか」「天帝は自分から醜悪なるものを造りその醜悪を嫌ふといふのは自家撞着も甚だしい矛盾である」「ここに至つて全智全能の神を疑はざるを得ず」と言つた人も沢山います
しかしながら何人といへども今日までの諸々の宗教・倫理・道徳の説が貧弱なる頭脳に浸み込んでゐる人間の考へからみれば実に尤も至極の疑問であります

時の古今を問はず洋の東西を論ぜず凡ての哲学者・宗教家もこの問題につひてはしきりに研究をして来ました
その中でも世界皆善論を唱へるものもあれば世界皆悪論を唱へるものも現はれました
また「この世は夢の浮世ぢや」などといつて厭離穢土と称し「未来の天国浄土を楽しむのが人生の大目的だ」などと区々の説を立て諸説紛々として落着くところを知らず宙に迷うてをる次第でもあります

これまで大宇宙の本体をとらえ人生の真目的を諒解したる者はゐません
そして更には仏教にしても儒教にしても現代の日本に現存する神道宗教にしてもその他の種々雑多の宗教にしても決して宇宙の真相を解決し得たものはありません

しかしながら尊いことには日本国には皇祖皇宗の御遺訓なる古事記と日本書紀とその他の古書が伝はり言霊の明鏡が歴然として輝き宇宙の真理を解決すべき宝典に乏しくはなけれども闇黒なる今日の思想界においてこの真理を諒解するだけの偉人も賢哲も学者も現はれてゐないということは国家社会のために実に慨嘆の至りです

道の大原の聖句にも天地間の万物に善悪美醜の混交せるは全く力徳の塩梅によるものと断定を下してあるのは実に万古不易の真理です

・・・「人(霊止)還りの道」337編へつづく


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