「人(霊止)還りの道」330編


富士山とは古来各種の歌人によつてその崇高雄大にして日本国土に冠絶し日本一の名高山と称され天神地祇八百万の神の集まりたまふ聖場でその中でも特に木花咲耶姫命の御神霊と崇敬されてゐます

十数万年以前の富士山とはその高さにおいてまた広さにおいても現在の富士山とは非常な相違があり三国一の富士の山とも称へ日本(ヤマト)・唐土(モロコシ)・天竺(テンヂク)の三ケ国における第一位の名山となつてゐました

富士山の地点を神代では高天原と称されその土地に住める神人を高天原人種または天孫民族と称へられてゐました
富士山は皇典にいはゆる高千穂の峰であり現代の富士山としてその姿がわづかに残つてゐます

富士山とは神代には天教山(テンケウザン)と云ひまた天橋山(テンケウザン)と云ひその規模や大きさは以下の通りでした
西は現代の滋賀県と福井県に長くその裾を垂れてゐました
北は現代の富山県と新潟県に長くその裾を垂れてゐました
東は現代の栃木県と茨城県と千葉県に長くその裾を垂れてゐました
南は現代の静岡県と愛知県と三重県より更に南方百四五十里も裾野が曳いてゐました
その後の大地震のために南方は陥落し今や太平洋の一部となつてゐます
近江の現在の滋賀県の琵琶湖とは富士地帯の陥落せし時にその亀裂より生じたものです

現在の富士山は古来の富士地帯の八合目以上が現存してゐてその周囲ほとんど一千三百里の富士地帯は青木ケ原と総称し世界最大の高地であつて五風十雨の順序よく五穀豊穣し果実稔り真に世界の楽土と称へられてゐました
そのため生存競争の弊害もなく神の選民として天与の恩恵を楽しみつつありました

神代の富士地帯はほとんど三合目あたりに現代の富士の頂上のごとき高さを保ち雲が取巻いてゐました
そして高天原人種(天孫民族)は四合目以上の地帯に安住してゐて外の国より見ればほとんど雲を隔ててその上に居住してゐました
ゆゑに皇孫瓊々杵命(ニニギノミコト)が天の八重雲を伊都の千別て葦原の中津国に天降り玉ひきと云ふ古言とはすなはちこの世界最高の富士地帯より低地の国々へ降つて来られた事を云ひます
決して太陽の世界とか金星の世界からお降りになつたのではないことは勿論です

・・・「人(霊止)還りの道」331編へつづく


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