「人(霊止)還りの道」328編


竜雲は一時の慾に搦無まれ悪鬼邪神の捕虜となり悪逆無道の醜業を繰返したることを深く悔い今まで犯せし罪の恐ろしく心の呵責に身の置き処もなく人日に顔を向ける勇氣もなく頭を下げて片隅に縮こまりゐる

今までの竜雲は大兵肥満にして一見温良の神人のごとく見えゐたりしが己が悪事を悔悟すると共に深く身魂に浸み渡りゐたる曲神の身内より脱出し終りたる彼の身はたちまち縮小し萎微し以前のごとき氣品もなければ打つて変はつた痩坊主の見るもいぶせき姿となりしぞ憐れなり

これを思へば総ての人は憑霊の如何によつてその身魂を向上せしめあるひは向下せしめ善悪正邪・種々雑多の行動を知らず知らずに行ふものなるを悟らるるなり

善の神が守護せば
善の行ひのみをなし
悪の霊がその肉体を守護すれば
悪の行ひをなす

悪魔は決して悪相をもつて顕現するものではなくかならず善の仮面を被りて人の眼を眩ませ悪を敢行せむとするものである

一見して至正至直の君子人と見え温良慈悲の聖者と見ゆる人々にもまた柔順にして女のごとく淑やかに見ゆる男子の中にも悪逆無道の行ひをなすものがあるのは要するに悪神の憑依してその人の身魂を自由自在に使役するからである

また一見して鬼のごとく悪魔のごとく恐ろしく見ゆる人々の中にかへつて誠の神の身魂活動し善事善行をなすものも非常に沢山あるものである

ゆゑに人間の弱き眼力にてはたうてい人の善悪正邪は判別し得らるるものでない
人を裁くはたうてい人の力のよくし能はざることろこれを裁く権利を享有し給ふものはただ真神大神ばかりである

神が表に現はれて
善と悪とを立別ける

みだりに人の善悪正邪を裁くはいはゆる神の権限を冒すものであつて正しき神の御目よりは由々しき大罪人である

また心魂の清く行ひの正しき人が一見してその心のままが現はれ至善・至美・至直の善人と見ゆることもある
また心の中の曲り汚れて悪事をなす人間の肉体が一見して悪に見え卑劣に見えることもある
すべて容貌は心の鏡である

思ひ内にあれば

必ず外に現はる

しかるに凶悪獰猛なる邪神は容易にその醜状を憑依せる人の容貌に現はざずかへつて聖人君子のごとき面貌を表はし悪を行ひ世人を苦しめ以て自ら快しとする者は沢山にある
ゆゑに徒に人の容貌の善悪美醜を見てその人の善悪や人格を品評することはたうてい不可能なることを考へねばならぬ

千変万化・編現出没きはまりなく白昼に悪事を敢行するは悪魔の得意とするところである
しかし悪魔は清明を嫌ひ暗黒を喜び闇にかくれて種々雑多の罪悪を喜んで行ふものである
これは一般的悪魔の為すべき働きである

大悪魔に至つては然らずかへつて清明なる天地に公然横行し万民を誑惑し白日の下正々堂々とその悪事を敢行しかへつて心暗き人々より聖人・君子・英雄・豪傑などの尊称を与へられ得々として誇り世人与し易しと蔭に廻つてそつと舌を吐き出す者も沢山ないとは言へない世の中である

一旦悪魔の容器となつて縦横無尽に暴威を振ひ旭日昇天の勢ひをもつて数多の部下に臨みたる竜雲も悪霊の神威に恐れて雲を霞と脱出したるより今まで威風堂々たりし彼も今は全く別人のごとく身体の各部に変異を来たし非力下劣の生まれながらの劣等人格者となつてしまつた
されどこの竜雲にしてふたたび正義公道を踏み信仰を重ね神の恩寵に浴しなば以前に勝る聖人君子の身魂を授けられ温厚篤実の君子人と改造さるるは当然である

心の妖雲を払ひ
心魂に真如の日月を輝かし
前非を悔ゆるに至りしかば
身魂を動揺せしめず
自若として
神に一身を任せなるなり

・・・「人(霊止)還りの道」329編へつづく


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