「人(霊止)還りの道」286編


宇宙の森羅万象は一として陰陽の水火(イキ)によつて形成されざる物はない
したがつて神人はいふもさらなり禽獣虫魚・山川草木にいたるまでいづれも言霊の水火を有し言語を発せざるものはないのである

中臣の祓「草の片葉をも言止めて」の文句ありて
古の人はすべて禽獣草木の言語までもよく諒解したるものなり

古来より禽獣は人語を解し人(霊止)も禽獣草木の言葉をよく解することを得たり
されど世はおひおひと降り人の心は佞け曲りつひに罪悪の塊となり一切の語を解する能はざるまで不便きはまる人間(ジンカン)と堕落し了せたるなり

また同じ人間の中においても国々所々言語の相違するはその第一に国魂神の霊魂の関係および風土寒暑の関係によるものなるがこれを一々聞き分けその意を悟ることができぬまでに人間の耳が鈍り来たりぬ

しかし幸ひに言霊学を体得する時は別に英語とか仏蘭西語・露西亜語などとせせこましい語学を研究せなくてもその声音の色ならびに抑揚頓挫等にて悟り得べきものなり

例へば無生機物たる三味線をひき鳴らしていろいろの音律を発し浄瑠璃・唄などに合はしてものを言はしむるに聞き慣れたる耳にはその音の何を語りゐるやを弁別し得るがごとし

その他に縦笛・横笛・笙・ひちりき・太鼓・鼓にいたるまでわづかに五音あるひは七八音をもつてよくその用を達するごとく禽獣虫魚等の声音はその数少なしといへども吾が耳を清くして聞く時は禽獣草木の声を明らかに悟ることができ得る

喇叭はわづかにタチツテトの五音をもつて数多の軍隊を動かし三味線はパピプペポ・タチツテトの十音をもつて一切を語り牛はマミムメモの五音にて馬はハヒフヘホの五音にて猫はナニヌネノの五音にて犬はワヰウヱヲの五音といふやうにおのおの特定の言霊を使用し自分の意志を完全に表示しなほ及ばざるところは目を動かせ体の形容をもつてこれを補ひかつ声の抑揚頓挫にてその意思を明らかに表示するものなり

日本人は円満晴朗なる七十五声を完全に使用し得る高等人種である
これ全く国魂の秀れたる所以にして人種としてまた優等なる所以である

人種によつては二十四五声あるひは三十声内外より言語を使用し得ざるものあり
しかしその声音は拗音・濁音・鼻音・半濁音・獣畜音等が混入してゐる

されど神と同じく七十五声を使用し得る人種も今は全く心の耳は塞がり心の眼は閉ぢたればたうてい「一を聞いて十を悟る」がごとき鋭敏なる心の耳目を欠き百言聞いてわづかに一二言を悟り得るくらゐの程度まで耳目活用の能率が低下し他の動物とほとんど選ぶところなきまでに到れるなり
実に天地経綸の司宰者たる人(霊止)として浩歎すべきの至りならずや

さらに古の神人は現代のごとくあまり小ざかしき円滑な辞令を用ゐずまた数万言をならべて喋々喃々する必要もなし
それゆゑ「ア」と「ワ」との息にて禽獣草木とよくその意思を交換することを得たりしなり
しかしながら現代人はたうてい簡単なる言語にてその意思を諒解するだけの能力なし

皇典古事記にも「大己貴命(オホナムチノミコト)氣多の岬にて因幡の白兎に出会ひいろいろと問答したまふ」と神文があるごとく鳥獣草木の声音といへども真の神国魂に返りなばこれをよく諒解し得らるるものなり

禽獣草木は今日に至るまでおぼろげながら人語を解するに人間として禽獣草木の声音を聞くことを得ざるは実に万物の霊長なる権威はいづこにありや
かかる不完全なる五感をもつていかでか神の生宮として万有に安息を与へ天地経綸の司宰者なるその職責を全うすることを得む
思へば思へば実に遺憾の極みなり

人(霊止)は本来各国人の談話を傍にありて耳をすませて聞く時はその意の何たるかを言霊の原則上より諒解し得らるるなり
しかし今日の世界の語学は言霊学上その原則を乱しゐるために現代人の言語は諒解しがたき点多々あり

いかなる国の言語といへども今の禽獣草木のごとく言霊の原則を誤らざるにおいては世界共通的に通ずべき言霊の妙用ならびに宇宙の真理を諒解し得らるるなり

・・・「人(霊止)還りの道」287編へつづく


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