「人(霊止)還りの道」269編


現代の社会は力そのものが物を云ひます
力なきものは立つべき道理も立たず立つべからざる無理も力あるものには立派に立つ世の中です
例へば〇〇に対してある方面から行つたやうな無茶を塵ほどでも行つたとすればたちまち悪魔呼ばはりを受け滅茶苦茶に打ち砕かれてしまひます

弱者は自ら犯さざる罪をも謝せねばなりません
強者は自ら犯したる罪をも平氣で押し通すと云ふのが現状です
強者は自ら悪をなしてもこれを甘く世間を誤魔化してかへつて無上の善行とせらるる暗闇です

誤解をとくには他の誤りを正すのが第一の善法です
自己の正しき主張を明白に徹底的に相手方に合点のゆくやうに弁明し釈明することに努力しなくてはなりません
そして何ほど誤解されてもかまひません

しかし正しき神はご照覧遊ばすからと惟神主義を保持して袖手傍観的に態度に出づる者は自分の無能と無責任とを表白するものであり結局は神の国のためには卑怯者または反抗者となります
そして相手方の言ひ放題に何でもかでもご無理ご尤もと承服するは決して誤解を釈くの方法に非ずでありかへつて誤解を増大ならしみます

相手方の強者になるとこちらの譲歩退嬰をもつて謙譲の徳とせず好意と認めずかへつて驕慢の心を強めこちらの行動を見て我が輩の憶測した通りださればこそ我が抗議や言論や行為に対して直ちに譲歩したのだなどと言つて澄ましこんでしまひます
いはゆるご無理ご尤もの譲歩的態度は相手方の誤解を裏書し増々その誤解をして増長せしむることになります

例へばある商品に対しすなはち相手方の無暗に値切るに任せて損をしてまで大負にまける時は相手方の買人は此方の好意に満足するよりもかへつて我が本来掛け値を吹きかけたのを甘く値切つてやつたしかし未だ少しばかり高値であつたかも知れぬなどと誤解します
どんなに立派な方々であつても十中の十までこのやうな状況となります
これらは凡て難きを避け易きにつかむとするいはゆる惟神中毒の影像です

そして更に他の誤解を釈く必要あるはさることながらそれにましてもつとも大切なるは他を自分から誤解せざることです

今日の世界の状態に対しては誤解せないやうに努むるのが最も重大なことです
すなはち兵家の所謂よく彼を知ることが肝腎であり孔子の人の己を知らざるを患へず人を知らざるを患ふと言つた通りです

・・・「人(霊止)還りの道」270編へつづく


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