「人(霊止)還りの道」240編


現代は真の宗教なくまた宗教家もない
キリスト教徒はキリストを知らず仏教家は仏教を知らす教育家は教育を知らず

紺屋の白袴
箕売り笠でひる

真に宗教や教育や政事を解したものは尠い
したがつて人(霊止)として談をしようと思ふ者もあまり沢山にありさうもない

歩行く樹木か石地蔵か
もの言ふ案山子か
さふ思つてゐたら
あまり大きな間違ひもない

神代における神の道の神司の舎身的活動と無抵抗主義と忍耐の強きことを思ひ出せば現代の宗教家には五大洲中ただ一人も無いと云つても過言であるまい

現代の教役者の日々の行動とその心理状態を見るにつけ神代の教役者の活動に比し実に天地霄壤の差あること歎息せずにはをられない

神代における神司の至善至愛の大精神を現代のすべての宗教家なりがその信仰心において真神大神の大御心を覚りかつその信仰の軌範となし真の日本魂を発揮されむことを希望する

キリスト教と云ふも仏教と云ふも神道と云ふもその真髄を窮めてみればいづれも日本魂の別名に外ならぬのである
いはんや日本魂の本場たる神の国なる日本に生を託するものにおいてをやである

屍のある所には
鷲集まり
美味の果物には
害虫集す
蟻の甘きに集ふ
良いところには
悪しき者が集る

伸びるほど
土に手をつく
柳かな

地に落ちてゐるものほど立派な人格者をるなり

氣に入らぬ
風もあらうに
柳かな

自己の安全のみに焦慮するごとき人物ではとても完全なる教は立ちますまい
利己主義の猜疑心の深い頭おさへの連中ばかりが幹部を組織してをつてはたうてい発展の見込みはあらぬなり
現状維持ができればまだしも上等
しかし日向の氷のやうに日に日に衰へるはこれ明瞭なる事実なり

上流濁つて下流澄むと云ふ道理はありますまい
舎身的活動をなす至誠の士なる九死に一生の人の危難に際し生命を的に助けに行くだけの真心を持つた真人をして組織の幹部を総統たらしめなば名実相伴なふところの立派なる教が築き上げられそして神政成就の大望も容易に運ぶなり

まさに
聖人
野に
ありけり

・・・「人(霊止)還りの道」241編へつづく


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