「人(霊止)還りの道」219編


すべて天国の団体に加入し得るものは真神を固く信じ篤く愛し得るものです
不信仰にして天国に到る者もあるが極めて少数です

いづれも宗教も信ぜず守らず神の存在を知らずして天国へ往つたものは大変にまごつき後悔しかつ天国や死後の生涯の在りしことに驚きます

現界に在る時に熱心に宗教を信じ神を唱へながら天国に上り得ずして中有界に迷つたり甚だしきは地獄へさへ落つる人霊もあります
神仏の教導職にして却て天国に上り得ずして中有界に迷ひ或ひは地獄に落つるものも随分に沢山あります

神仏を種にして現界において表面は善人を装ひつつ内心には信仰なく愛なく神仏を認めない宣教者は死後の生涯は実に哀れなものです
熱心にしてよく神を認め愛と信とに全き者はその死後において天国の団体に加入し歓喜を尽くしつつあるに引き替へ肝腎の天国の案内役とも云ふべき宣教者がかへつて地獄落ちが多く天国行きが少ないのはいはゆる神仏商売の人間(ジンカン)が多いが故です

現界において為すべき事業もまた商売も沢山あるのにそれには関係せず濡手で粟を掴むやうなことや働かずして神仏を松魚節(カツヲブシ)に使つてゐる似而非(エセ)宗教家ぐらい霊界において始末の悪いものは無くかつ地獄行きが多いです

天国における団体は大なるものは十万人もあり五万人・三万人・一万人・五千人で尠ない団体になると四五十人のものあります
天国の各自の団体の天人は自分の団体の一人でも多くなることを希望してゐるため天国へ上り来たる人霊に対して非常なる好感をもつて迎へます

天国の団体にある天人はいづれも男子なれば現界人の三十歳前後であり女子は二十歳前後の若い姿です
現界人の肉体は物質界の法則に由つて年々に老衰して頭に白雪を頂き身体に皺の寄るものですが人の霊魂や情動とは不老不死でありどこまでも変はらないものであるために天国の天人は年が寄つてもその姿は変じません
そして現界において八九十才にて死んだ人も天国へ復活した後はその強壮な霊魂のままで居るために決して老衰することはありません

天人にも五衰と云ふ説がありますがそれは決して天人の事ではなく霊界の八衢に彷徨してゐる中有界の人霊の事です

天国へ往つた時に自分の現界の父母や兄妹または朋友・知己などに会つても一寸には氣の付かないやうなことが沢山あります
これは自分の幼児たりし子は既に天国にて成長し老いたる父母は自分と同様に壮者の霊身を保ちてをるからです
然れどよくよく見る時はどこともなしにその俤が残つてゐます

・・・「人(霊止)還りの道」220編へつづく


関連記事一覧


無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

スポンサーリンク

Amazon

楽天市場

Y!ショッピング

7net

ブログポリシー

鈴木慧星の名称およびブログの全部または一部をリンク・複製・引用・転用・転載・改変・アップロード・掲示・送信・頒布・販売・出版等を一切禁止します

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用規約ならびにソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します