「天津神と国津神とまつろわぬ民」


地上に降臨されている神々の中には二大霊統が存在していると云われてます

「天津神」系の霊統
「国津神」系の霊統

「天津神」系の霊統とは
記紀では天孫降臨神話の中に登場し高天原に降臨してきた神々のことです
アマテラス・ニニギ(天皇家の祖)
アメノコヤネ(中臣・藤原氏の祖)
フトダマ(忌部氏(≒賀茂氏)・平氏の祖)
アメノウズメ(猿女氏の祖)
イシコリドメ(作鏡氏の祖)
タマノオヤ(玉祖氏の祖)

「国津神」系霊統とは
天津神が降臨する以前から存在していた日本古来の神々のことです
スサノオ・ニギハヤヒ(物部氏の祖)
オオクニヌシ(蘇我氏・源氏の祖)
ヒルコ・ナガスネヒコ(阿曇族・アイヌ族の祖)
主に出雲系と先住民族系の神々が中心となります

国津神の中にスサノオが入っているのは天岩戸神話の際に高天原から出雲の地へと追放されたためです
スサノオが母のイザナミを慕って黄泉の国へと行こうとしたことからイザナミも国津神系の神と云われてます

天津神系=イザナギの霊統
国津神系=イザナミの霊統

天津神と国津神の仲立ちをやってのけたのが「サルタヒコ」です
サルタヒコは未だその存在は不明とされていることが多いです
近年公開された秦河勝のお面とサルタヒコの顔があまりにも酷似していることから秦氏の祖だと云う説があります

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「日月神示」
何もかも世の元から仕組みてあるから神の申すところへ行けよ
元の仕組は富士(二二)ぞ 次の仕組はウシトラ三十里四里 次の仕組の山に行きて開いて呉れよ 今は分るまいが やがて結構なことになるのざから 行きて神祀りて開いて呉れよ 細かく知らしてやりたいなれど それでは臣民の手柄なくなるから 臣民は子ざから 子に手柄さして親から御礼申すぞ
行けば何もかも善くなる様に 昔からの仕組してあるから 何事も物差しで測った様に行くぞ
天地がうなるぞ 上下引繰り返るぞ
悪の仕組にみなの臣民だまされてゐるが もう直ぐ目さめるぞ 目さめたらたづねてござれ この神のもとへ来てきけば 何でも分かる様に神示で知らしておくぞ
秋立ちたら淋しくなるぞ 淋しくなりたらたづねてござれ 我(が)を張ってゐると いつまでも分らずに苦しむばかりぞ
この神示も身魂により何んなにでも とれるやうに書いておくから 取り違ひせんやうにして呉れ 三柱と七柱揃うたら山に行けよ

「意訳」
この地上世界を作った神の言葉を聞きなさい
神の仕組みの最初は富士山が噴火することである
富士山が噴火したら富士山から100km離れた東北の方角へ行きなさい
今はまだ分からないであろうが大変なことになるのだ
その地に行ったら神に祈りなさい
詳細を伝えることができないのが残念だ
神の子たちに手柄を与えてやりたいためなのだ
その地に行けば何もかもがうまくいくように太古の昔から寸分の狂いもなく準備してあるのだ
天と地がひっくり返るほどの大騒動になるであろう
イシヤ(フリーメーソン)の仕組みに皆が騙されているがもうすぐ目覚めるであろう
目覚めたなら秋以降にこの地上世界を作った神の下を訪ねなさい
この神の下へ行けばすべて分かるようになるであろう
我を張っていると(エゴがあると)いつまで経っても分からずに苦しむばかりである
この神示(神の言葉)も諸君らの魂のレベルに応じて様々な解釈ができるであろうから間違えないようにしてもらいたい
3柱の神とその下の7柱の神が揃ったら山を訪ねなさい

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天地がうなるぞ
上下引繰り返るぞ

天地がうなるぞとは
天津神と国津神の神々が動き出すことです

上下引繰り返るぞとは
この二大霊統の立場が逆転することです

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大和の先住民
長髄彦(ナガスネヒコ)
別名「登美毘古(トミヒコ)」またの名登美の「那賀須泥毘古(ナガスネヒコ)」と云います

「登美(トビ)」
生駒山山麓にある地名で長髄彦は今の奈良地方を治めていたと云われてます

「長髄彦」と云う名
(1)手長足長の縄文的神で人間ではない
(2)生駒山周辺に大きな勢力をもつ集団の首長またはその地域一帯の呼称

長は「ナーガ」蛇からきていると云う説があります
奈良の三輪山の御神体は蛇神だと云われてます

蛇は水をつかさどる神
脱皮は再生のシンボル

古代人は現代人とちがい五感は格段に冴えていたと云われてます

登美毘古の登美(トミ)は登美=富であり富=出雲につながります

長髄彦の出自は出雲族であり三輪に蛇神を祀ると云うことは同じ出雲族でも牛トーテムの一族ではなく龍トーテムの一族であると云われてます
長髄彦のライバルと云えば神武こと神倭伊波禮毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)です
神武(イワレヒコ)一行は紀伊半島(熊野)を大きく迂回しながら熊野の奥深い山々で山の民たちと出会ったと云われてます

支配者に忠誠を誓わなかった山の民は蔑視されて語られましたが山の民たちは砂金や水銀採掘にたずさわるすぐれた技術集団でもありました
大和朝廷ができると熊野・吉野の山々に隠れるように山の民たちは「まつろわぬ民」たちとして逃れてきて国津神となり封印されました

神武に敗れた長髄彦は兄「安日彦」と東北地方へ逃げ落ちて「荒吐(アラバキ)王国」をつくったと云われてます
安日彦は阿部・安倍氏の祖であると云われてます
長髄彦の墳墓と思われる鍋塚古墳が葛城市には残されてます


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