「饒速日尊(ニギハヤヒ)」


「矢田八幡神社」
京都府熊野郡久美浜町大字佐野字地シワ38

<御祭神>
應神天皇
神功皇后
武諸隅命
孝元天皇
内色姫命

崇神天皇10年
四道将軍の一人「丹波道主命」は勅命により山陰地方平定のため丹波国(今の丹後国)に至り比治の真名井に館を構えられたが無事平定を祈願のため矢田部の部民をして祖神を祭らしめられ熊野郡では「矢田神社」を祭祀せられました
当初の御祭神は「饒速日命」「孝元天皇」その奥「后内色姫命」であったが奈良朝に至り当時の物部氏と蘇我氏の争いからついに物部氏が亡び蘇我氏の探索は当地にまでおよび矢田部一族はそれを恐れ「宇左八幡宮」を勤請して社名を「矢田八幡」と改めたとされたいます

「矢田八幡神社」の記事には
饒速日尊を御祭神とする神社に蘇我氏の追求が来て祭神を変更しなければならない状況が伝えられてます

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「大山祗神(オオヤマツミノカミ)」
駿河国一宮三島神社他

大山祗神は素盞嗚尊の妻の稲田姫の祖父として神話に登場する神です
伊予大三島の「大山祗神社」では天照大御神の兄として最古と云われてます
薩摩の大山祗神社ではニニギ命の妻「吾多津姫」の父として祀られてます
これらは同一人物とは考えられない側面もあります
三島神社で祀られている大山祗命は行動実績を伴ってます
東日本地域の一宮級の神社の祭祀の原点を探ってみると「大山祗神」であることが多いです

(1)大阪府高槻市の三島鴨神社は大山祇命の最初の降臨地
事代主神が三島溝杙姫(玉櫛姫)に生ました姫が姫鞴五十鈴姫で神武天皇の妃となりました
三島溝杙姫の父神が三島溝咋耳命その父神が「大山祇神」と云われてます
この神は九州からやってきたとも伝えられてます
饒速日尊は大和に侵入する時の伝説地をたどるとまさにこの周辺に上陸したと考えられます
伝承上他の人物で「大山祗神」に該当するのは大山祗神と饒速日尊がつながります

(2)伊予国大三島の大山祗神社
「わが国建国の大神で 地神・海神兼備の霊神で日本民族の総氏神として 日本総鎮守と申し上げた 大三島の御鎮座せられたのは 神武天皇御東征のみぎり 祭神の孫小千命が伊予二名島に(四国)に渡り神地御島(大三島)に祖神大山積命を祀った」
とあります
建国の大神とは素盞嗚尊・饒速日尊が該当します
日本の総氏神・総鎮守と云うのは素盞嗚尊の活躍が西日本限定であるので饒速日尊が東日本に該当します
小千命の祖神は新撰姓氏碌によれば饒速日尊です

饒速日尊は各地を訪れた時に周辺の地勢を探るためにその周辺で最も高い山に登ったものと推察されます
そのために各地方の山に大山祇神が祀られて「山の神」として崇拝されることになりました

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「宇賀御魂大神(ウカノミタマオオカミ)」
稲荷神社

古事記では
素盞嗚尊と稲田姫との間に生まれ大年神(饒速日尊)を兄とします

日本書紀では
本文には登場せず神産みの第六の一書においてイザナギとイザナミが飢えて氣力がないときに産まれたと記されてます

名前の「ウカ」は穀物・食物の意味で穀物の神であり稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されています
素盞嗚尊と稲田姫との間の第6子に「倉稲魂命(ウゲノミタマ・ウガノミタマノミコト)」がいてこの人物だとも云われています
この人物の具体的行動実績は全く伝えられてません

(1)宇賀御魂大神は陸中国一宮駒形神社社伝に雄略天皇21年に京都の籠神社から宇賀御魂大神を勧請して奥宮へ祀りとあります
籠神社の御祭神は彦火明命で別名「饒速日命」です

(2)稲荷神社の総本社は伏見稲荷大社でありその聖地は稲荷山です
稲荷山山頂付近は古墳が多く稲荷信仰が始まる前にも祭祀者の子孫による古墳の祭祀がありました
神として御祭祀されるのはその始祖です
この付近は紀郷と呼ばれており紀朝臣の一族が栄えた場所でもあります
紀朝臣の祖は彦太忍信命(孝元天皇皇子)であり母は伊香色謎命で饒速日尊6世の孫です

(3)稲荷山信仰には己さん(神蛇)信仰と験の杉と云う「杉」を縁起物として参詣者が持ち帰る風習があります
これらの信仰は大神神社に古代より伝えられている信仰でもあります

(4)神奈川県の秦野に近い大山の阿夫利神社は秦野に住み着いた秦氏がつくった神社で御祭神は大山祇命です
伏見稲荷大社も秦氏が創建してます

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「浅間大神(アサマノオオカミ)」
甲斐国一宮

浅間大神の総本社は「富士山本宮浅間大社」です
この神社ができる前この位置には「冨知神社」が鎮座してました
神社の記録には御祭神(大山祇)は当地の「地主神」であり「富士山の神」であったと云われてます

淺間神社が鎭座する大宮の社地はもとは「幅地明神富知神社」の社地であったと云われてます
淺間神社は「平城天皇」の大同年中に山宮から今の地に移したので大同年間以前は富知神社は大宮に鎭座していたと記録されており浅間神社の大本は「冨知神社」です
この神社の御祭神は「大山祇命」です

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「白山神(シラヤマノカミ)」
加賀国一宮

白山神を祀る神社は白山神社です
加賀国の白山比咩神社(現石川県白山市)を総本社とします
御祭神は「菊理媛神(白山比咩神)」「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」3柱としてます

御前峰の奥宮には「菊理媛命」
大汝峰の大汝神社には「大己貴神」
別山の別山神社には白山の地主神である「大山祇神」

「大己貴神」
白山之記では本来の地主神が白山権現に御前峰を譲って別山にお鎮(しず)まりになった云われてます
白山信仰が始まる前に白山に祀られていたのは「大山祇神」と云うことになり白山神は本来は「大山祇神=饒速日命」であったと云われてます

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「寒川大明神(サムカワダイミョウジン)」
相模国一宮

寒川大明神は太古草昧の時代に相模国・武蔵国を中心に広く関東地方を御開拓になられ農牧・殖林治水・漁猟・商工・土木建築・交通運輸その他あらゆる殖産興業の途を授け衣食住等人間生活の根源を開発指導せられた所謂関東文化の生みの「親神」です

(1)讃岐国寒川郡に讃岐国三宮の多和神社があり御祭神は「大山祇神」

(2)千葉県印西町鳥見神社記録「大和国鳥見白庭山に宮居した饒速日命は土地の豪族長髄彦の妹御炊屋姫を妃とし宇摩志麻治を産んだ その後東征し印旛沼・手賀沼・利根川に囲まれた土地に土着した部下が祭神の三神を産土神として祭り鳥見神社とした」とあります
関東地方を開発したのは饒速日命です

寒川大明神=饒速日命

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「大山咋神(オオヤマイクノカミ・オホヤマクヒノカミ)」
松尾大社・日吉大社

古事記
「大山咋神 亦の名は山末之大主神 此の神は近淡海国の日枝山に坐し また松尾に坐して鳴鏑を用つ神ぞ」
両大社の神は同神であることがわかります

(1)「日吉祢宜口伝抄」
「天智7年3月3日鴨賀島8世孫宇志麻呂に詔されて大和国三輪に坐す大己貴神を比叡の山口おいて祭る 大比叡宮と曰ふ」
とあります
日吉大社の御祭神は大神神社の御祭神と同じとことを意味してます
大山咋神=大物主神

(2)「群書類従」日吉社の項
「大宮 三輪同体 號大日枝 山王與三輪一躰事」とあります
大山咋神=大物主神

(3)「古事記」
大山咋神は大歳神と天知迦流美豆姫の子であると記されてます
天知迦流美豆は「天を領する生命力に満ちた太陽の女」と云う意でありその兄弟が「飛騨国日輪神社」に祀られてます

(4)大山咋命は大国主命と並んで丹波地方を開拓した
大山咋神は大歳神の御子とも云われており猿田彦命の影も併せ持ってます

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「国常立神(クニトコタチノオオカミ)」
玉置神社

「小村神社」
高知県高岡郡日高村下分字宮の内の御祭神は国常立神でありこの地は高岡郡日下の庄と呼ばれ日下氏の「高丘首」が住んでいました

「土佐幽考」
「日下氏は神饒速日命の孫比古由支命を祖とし高岳首は同祖15世物部麁鹿火大連を祖とするとされその共通の祖神として国常立尊を祀った」とあります

国常立神=饒速日命

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「豊国主命(トヨクニヌシノミコト)」
相模国三宮比比多神社

豊雲野神=豊斟渟尊

「比比多神社」の記録
創建は神武天皇6年のことで人々が古くから祭祀の行われていた当地を最良と選定し大山を御神体山とし豊国主尊を日本国霊として祀ったとあります
御神体山が大山でありこの山は古くから庶民の山岳信仰の対象とされており「大山講」と呼ばれていました
山頂には「阿夫利神社本社」があり御祭神は「大山祇神」です

豊国主尊=豊雲野神=豊斟渟尊=大山祇神=饒速日尊

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「日本大国魂神(ヤマトノオオクニノミタマノカミ)」
日本大国魂神は大国主命の「荒魂」と云われてます

(1)「日本書紀一書」
大国主神の別名として「大物主神」「大国魂神」とあります
この神は大和神社の主祭神で現在の大神神社の摂社である狭井神社はその昔は大和神社の別宮であったと云われてます
御祭神は「大神荒魂神」です

(2)「国玉神社」名古屋市中川区にあり主祭神「大物主神」は「尾張大国霊神社」より勧請
御祭神「尾張大國霊神」「大御霊神」であり尾張地方の総鎮守と云われてます
大国魂神=大物主神=饒速日尊

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「伊奢沙別命(イザサワケノミコト)」
越前国一宮気比神社

伊奢沙別命は「笥飯大神」「御食津(保食)大神」とも云われてます
宇迦御魂すなわち稲荷神の異称と云われてます

宇迦御魂=饒速日尊
伊奢沙別命=饒速日尊

伊奢沙別命は北陸総鎮守として崇められておりこれは北陸地方を統一した神となり加賀国の白山神と同様に饒速日尊であることが推察されます
御食津大神は食物を主宰する神で宇迦乃御魂神は稲の霊「大歳神」は稲の稔りを司る神でいずれもよく似た役割の神です

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「建御雷神(タケミカヅチ)・経津主神(フツヌシノカミ)」
鹿島神宮・香取神宮・春日神社

建御雷神・経津主神はともに葦原中国平定において天鳥船とともに葦原中国の荒ぶる神々を制圧し建御名方神との戦いに勝利し葦原中国を平定した神です

(1)群書類従二十二社註式
石上社「延喜神祇式曰 大和国山辺郡石上坐布都御魂神 人皇十代崇神天皇。御鎮座 一座布留神也 常陸国 鹿島大神同体也」
鹿島大神=建御雷神=布留御魂神
布留御魂神=饒速日尊
建御雷神=饒速日尊

(2)古事記
建御雷神のみで経津主神は記述されていませんが建御雷神の別名に「建布都神」「豊布都神」とありこの二神は同神と考えられます

(3)福岡県田川市に春日神社があり饒速日尊の降臨伝承地
春日神社はこの二神が祀られていることから春日大神=饒速日尊と考えられます

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「高良玉垂命(コウラタマタレノミコト)」
高良大社(筑後国一宮)

「先代旧事本紀」・「天孫本紀」において
物部氏の祖神饒速日尊は三二人の従者と二五部の物部軍団を率いて大和国へ降った記述があります
物部軍団の本拠地は北九州の遠賀川・筑後川沿岸付近に集中してます
その中心地が高良大社のある高良山と推定されてます

「姓氏家系大辞典」
筑後当国は物部族の最初の根拠地にて当地方の大社高良山はその宗社と考えられる
高良大社の御祭神高良玉垂命も物部氏の祖神饒速日尊となります
高良大社の元の御祭神は高皇産霊神でありその後に高良玉垂命に場所を譲ったと記されてます

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「大縣大神(オオアガタノオオカミ)」
尾張国二宮

大縣大神は尾張国開拓の祖神で「国狭槌命」とも云うと記録されてます
尾張国開拓の祖神は同じ尾張国一宮の「真清田神社」「三輪神社」の御祭神でも明らかであり饒速日尊です
国狭槌命は異説に国常立命と同神であると云うのがあり大縣大神=国狭槌命=饒速日尊となります

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「大物忌大神(オオモノイミノカミ)」
出羽国一宮・級長津比古命(出羽国二宮)

大物忌神は国家を守る神とされまた穢れを清める神とも伝えられてます

(1)大物忌神は「倉稲魂命」「豊受大神」「大忌神」「広瀬神」「宇賀御魂神」などと同神
鳥海山大物忌神社の社伝では神宮外宮の豊受大神と同神としてます
鳥海月山両所宮では鳥海山の神として「倉稲魂命」を祀ってます

(2)広瀬神は龍田神社の風の神と同神と云われており日本書紀では級長津彦命も風の神
伊勢神宮外宮の別宮に風宮があり「級長津比古命」を祀ってます

(3)龍田風神祭祝詞によれば崇神天皇の時代に数年に渡って凶作が続き疫病が流行したため天皇自ら天神地祇を祀って祈願したところ夢で「天御柱命」「国御柱命」の二柱の神を龍田山に祀れと云うお告げがありこれによって創建

(4)龍田大社の元宮の聖地は三室山であり三輪山の別名
大物忌大神=級長津比古命=宇賀御魂神=饒速日尊

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「二上神(フタガミノカミ)」
越中国一宮

現在はニニギ命となっていますが本来は「二上山」に祀られていた神です
同じ名の大和の二上神社は豊布都霊(とよふつのみたま)神と大国魂(おおくにたま)神を祀ってます
豊布都霊神が石上神宮に大国魂神が大和神社に勧請されたと云う伝承があります
豊布都霊神については武雷神と同神とされてます
大国魂神は国津神の大将軍とされてます
これらの神々はいずれも饒速日尊です

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「金山彦(カナヤマヒコノカミ)」
美濃国一宮
製鉄の神

(1)金山彦神社は古代の嶽山・竜田山周辺地域は製鉄業で栄えており製鉄の守護神として奉祀されたのがはじまりと云われてます
北方の高地は製鉄を営むのに最も適した風か得られるところで風神をお祀りした風神降臨の聖地として御座峰が伝承されてます
鞴が発明されていない頃は製鉄には風が欠かせないことから風の神と金山彦がつながったとされてます
金山彦=風の神=饒速日尊

(2)島根県邑智郡川本町に大歳金山彦神社の御祭神は大歳命です
この神社名は大歳=金山彦を意味してます

(3)岡山県津山市の中山神社には主祭神が「鏡作神」相殿が「石凝姥命」で社伝には「一に中山大明神または南宮と称せられる金山彦命を祀る」と伝えられてます
主祭神の鏡作神は金山彦命となり鏡作神は鏡作坐天照御魂神社の主祭神「天火明命(ニギハヤヒ命)」でありニギハヤヒ命=金山彦となります

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「生島・足島神(イクシマ・タルシマノカミ)」
信濃国上田
日本の国魂の神であり同一神でもあります

(1)生国魂神社の御祭神「生島神・足島神」は神社略記によれば神武天皇が難波津に到着時石山碕(現在の大阪城付近)に生島・足島神を祀ったのが創祀であると云われてます
この石山はかっては磐舟神社があり饒速日命の降臨の地でもあり難波の聖地であります
生島神・足島神=饒速日命

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「高オカミ神・闇オカミ神」
貴船神社

(1)貴船神社(京都)の社殿の裏側の山手に岩座と云う3つ大きな岩があり有史以前から岩座で祭事が行なわれていたと云われてます

その昔「玉依姫」が浪速の津から淀川・賀茂川をさかのぼり船が着いた貴船の地に祠を建て国土の安泰を願ったと云われておりその船が貴船神社の奥ノ宮にある「船形石」とも云われてます
その船は黄色い船であったためこの地が「きぶね(貴船)」と呼ばれるようになったと話もあります
貴船神社に祀られているのが「高(たか)オカミの神」「闇(くら)オカミの神」です
高オカミと闇オカミは同じ神であり闇オカミは「谷の水」で高オカミは「岡の水」を顕していると云われます

(2)「貴船神社」の御祭神は丹生川上神社の御祭神と同じと云われており大和神社は丹生川上神社の本宮です
高オカミ=闇オカミ=饒速日尊


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