「大己貴神(オオナムチ)」


「播磨国風土記(はりまのくにふどき)」
オオナムチ(大己貴神)の子をアメノホアカリ(天火明命)と記されてます

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ムー時代の古代人たちは常に太陽や海・山などの大自然と繋がることを意識して自然と一体となりながら生きていたと云われてます

我を捨て
神の器として生きる

山や磐座・巨木・滝・火口などを神聖な場所と定めてその場所で神々と繋がっていた云われてます
その後ムーの血を引く古代縄文人たちが龍神系シリウス人と繋がって交信するための場所だったと云われてます
そして浜辺の風と砂浜には心の浄化作用があると云われ大海原が持つ生命エネルギーが心を洗い清めると云われてます

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「オオナムチ(大己貴神)」
龍神系シリウス人=大物主神(オオモノヌシ)を云います
古代縄文人は主に大きな岩や形の整った山などにオオナムチ(大己貴神)が宿ると考えていました
それが磐座信仰や山岳信仰の始まりです
後に出雲族が神社を建てる時はオオクニヌシ(大国主神)を祀るようになりオオナムチ=オオクニヌシ(大国主神)になったと云われてます

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「三輪山」
古代縄文人たちによって龍神系シリウス人=大物主神が祀られていましたが卑弥呼が首長になった時にアメノホアカリ(天火明命)を祀るようになったと云われてます

「アメノホアカリ(天火明命)」
太陽神アマテルであありアマテラスの語源となったと云われてます

三輪山で祀られていた龍神系シリウス人=大物主神は国祖神から一地方神へと格下げとなり現在でも鎮魂祭の名の下宮中や石上神宮では「大物主神の封印の儀式」が執り行われてます
大物主神の封印の儀式は初期の頃は霊力が強い物部氏が中心となって執り行われたと云われてます
物部氏は出雲族ではなく日向族です

あるとき疫病がはやり三輪山に大物主神を祀れば疫病が治まるであろうとの神示が下された時に大物主神を祀ったところ疫病が治まり太陽神アマテルは疫病神として忌み嫌われるようになってしまい太陽神アマテルはそのときの祭祀を執り行っていた台与(とよ/臺與)と多くの巫女は女陰を突かれると云う刑罰によって死刑にしてしまったと云われてます
そして太陽神アマテルはその後宮中を追われることとなり各地を転々とするようになっと云われてます
これが「遷宮の興り=神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」の始まりと云われてます

太陽神アマテルは初代の伊勢神宮→檜原神社(笠縫邑)→真名井原の吉佐宮(真名井神社)へと移って行ったと云われてます
宮中で祀っていた台与(とよ/臺與)のご神体も太陽神アマテルと一緒に移し豊受大神として祀ることになったと云われてます
その後天武天皇の時に伊勢の地で内宮を造営する際に豊受大神のご神体を真名井原の吉佐宮(真名井神社)から移し外宮の主祭神として祀るようになっと云われてます
そして真名井原の吉佐宮(真名井神社)はそのまま豊受大神を祀り新たに造営した籠神社には元伊勢と称してアメノホアカリ(天火明命)を祀るようになり現在に至っていると云われてます


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