「神の目」


古事記の百神とはイザナギの命が黄泉の国から逃げ帰ってから筑紫の日向の小戸の阿波氣原で禊払うときに誕生しました
黄泉の国において霊玉(ひだま)を焚いてその内部を見ると醜怪な物質欲・我欲の権化の姿でした

高天原から地に降りると地の次元に縛られさらに越えて地の底まで極めようとすれば物質世界にしがみつくドロドロの世界まで垣間見えます
黄泉の国から黄泉津比良坂(よもつひらさか)である実在界との境界に逃げ戻りそれまで身に付けたものを魑魅魍魎に投げ打ち棄てて身を守るとは単なる防衛行為ではなく高次な原理を秘めた比喩です

髪(カズラ)とは髪をたばねる山葡萄のツルであり地獄界も指導原理の束ねがなければバラバラとなり孤立無援の闘争世界を招きます
イザナギの命の意図とは束ねの置き土産であり束ねとは心一つにならなければ地獄界は決して救われず櫛(くし)とは髪(神)をといで筋目を付ける道具であり地獄界に筋目を付けて理非を糺さなければ混乱は収束せず髪(かずら)と櫛(くし)とは法であり物質現象の相互関係を秩序立てて整理しようとする心の道具・心の物差しです

イザナキの命は宇宙曼荼羅の法則を地獄界に提示するために桃3つを魑魅魍魎に投げ打ちました
桃とは百(モモ)であり一音一音の言霊の羅列であり連音の意味合いもあれば単音の意味合いもあります
桃である百(もも)の魂(たま)とは百代・ 永世(ながよ)からずっと続いている魂であり太古からの大生命体の大いなる意志の本源である百の魂をこれでもかと地獄界に投げ打ったことです

イザナギの命の使命とは我欲・闘争の地獄界と物質の奴隷となった世界の浄化の所作です
黄泉津比良坂に抜け出で筑紫の日向の阿波岐原にて全ての衣装を脱ぎ捨てました

阿波岐とは言霊「ア」と言霊「ワ」の岐路・分別であり言霊ア行「ア・オ・ウ・エ・イ」とは見えない精神原理であり言霊ワ行「ワ・ヲ・ウ・ヱ・ヰ」とは見える物質五大のエレメントです
阿波岐原とは言霊「ア・ワ」の岐路である精神界と物質界の中原で禊払うことでありアワギとは榊に似た草木で噛むとリンゴに似た味がすると云われていて原とは霊的な聖地である天津菅素(あまつすがそ)であり天津菅素とは清々しい原と云う意味をもち言霊五十音図の原型です

禊払いの禊とは肉体の身削(みそぎ)であり物質欲の完全放棄であり物質欲・我欲の地獄界を整理し顕界の浄化に入ります
顕界の浄化とは地獄界と霊界の中位にあるこの世の浄化です
この世での身削とは耳目(じもく)から入って心の曇りとなる物質欲を削落としその一切を潔斎して大生命を自覚することであり自我をなくすことで地球や大宇宙と一つになれます

イザナギの命が杖・御裳・ハカマ・冠・左手の手纏・右手の手纏など身に付けているものを全て投げ捨てるとは物質性を全て捨てきることであり衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)・道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)・時置師神(ときおきしのかみ)・和豆良比能宇斯能神(わずらいうしないのかみ)・道俣神(ちまたのかみ)ら12神が誕生しこれらの神々は物質欲から離れたときに初めて見える現象界の真実実相の姿です

船の舳先で先を展望し先導する力
長い道のりでも目標維持や広くて深いゆるぎない心
時間の認識と経験知を駆使する力
思い煩うことのない分析力
道理左右の分別ほかに内奥の霊的資質
これらを次から次へと開顕することが物質欲から離れたときに初めて見える現象界の真実実相の姿です

イザナギの命は身にまとう一切を脱ぎ捨てたのちに川瀬に入って身を清めました

上ツ瀬速し
形而上の概念であり高度な天界・霊界を意味していて時間が早く過ぎる世界とは想いが即座に実現する次元であり全てが光陰のように過ぎる早い瀬の喩えです

下流の瀬遅し
下ツ瀬の流れは遅くこの世の現象界であり想いの実現に時間がかかり想いが直ぐ叶うと修養にならないからでもあり現象界でもなく高度な霊的世界でもなくその中間域の流れに身を沈めることで物心両界にまたがる世界である中津瀬に入水することで八十禍津日神(やそまがつひのかみ)・大禍津日神(おおまがつひのかみ)が誕生しました

禍々しい心の雑念であり心の底に広く住まう塵あくた不純の放出であり純正な魂に組みしない大悪魔の放出です
この二神は日神(ひのかみ)であり禍津(まがつ)意識を放出し浄化する作用をもち禍々しさの発見であり罪穢れの自壊作用がこの二神の本質です

神直毘神(かむなおひかみ)・大直毘神(おおなおひかみ)・伊豆能売神(いづのめのかみ)が出現し己の禊(身削ぎ)をした結果に統一と秩序が生まれ見直しを云います
禍々しい現象は禍津日神による自壊作用によって秩序へと変わり新しい秩序へと変わる反転の作用が神直毘であり大建て直しの作用が大直毘です

地球規模の大噴火・大震災とは生命体地球ガイアの自己治癒作用であり台風も嵐も人の意識と連動して起こりますが過ぎ去れば浄化により清々しい空氣を残してくれます
大噴火やあらゆる自然火災とは危険と恐ろしさだけでなく悪性バクテリアを滅し野焼きの跡に木々や草花が新生しこれを乗り切ることで菩薩の姿がみれます

発熱発汗で毒素が体内から抜けきれば氣力が戻ります
嘔吐のあとはスッキリと身体が立つものです
発熱も嘔吐も禍々しい状態と見えますが見直し反転・好転の作用が神直毘神・大直毘神の役割です

大宇宙は常に進化(神化)へ向って動いています
どんな悪事も諍いも悲しみも苦しみも大宇宙の反転作用・好転作用をもって進化(神化)へと進みます
全ての現象には集合意識が作用してよき想いやよき祈りは宇宙法則と共鳴し場が浄まり生命力が沸いてきます
悪い想いは宇宙と共鳴せずに自分自身に帰ってくるものでありさらに悪の波動とは悟りえない者への修養でもあります
しかし地球全体が悪想念で染まると他の地上生物にもその影響を与えてしまいます
宇宙進化(神化)とは厳として存在するものであり地球も自己治癒の現象・反転・好転の作用をもって常に進化(神化)の道を歩めるよう場を浄化してます

大宇宙のもつ進化(神化)則の誘導者が伊豆能売神(いづのめのかみ)です
イズノメとは厳(いづ)の芽(め)でもあり 出(い)づの目(め)でありアジーナチャクラである神の目の開顕でもあり大宇宙の真実・現象の進化(神化)の流れを神の目で見抜くと云うことです

現代の私たちは不安定な現象界に浮遊して生きていて禍津に対して神意識が反転作用・好転作用が自ずと発揚されるものです
イザナギの命とはこの禊払いの後に人神としての命(ミコト)からイザナギの大神と称されるようになりました

不幸な現象も一切を受け入れよ
全ての現象を浄化と受け止めよ
天変地異を感謝と祝福から受け入れよ

創造への好転作用のために渦中に愛と調和の神人としての希いを投入すべし
一切の現象は大宇宙の進化(神化)則とともに吾の内なる希いにより楽土へと導かれるものです


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